そのほか

もちろん、『君の名は。』も『聲の形』(山田尚子監督)も素晴らしい作品だった。『クリード』(ライアン・クーグラー監督)や『レヴェナント』(アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督)も捨てがたい。もちろん、『シビル・ウォー』(ルッソ兄弟監督)や『ローグ・ワン』(ギャレス・エドワーズ監督)といったシリーズものも楽しかった。
が、やっぱり今年印象的だったのは邦画の健闘だろう。もちろんアニメも含めて。2016年は日本映画、アニメ映画の歴史の分岐点となるかもしれない。この異常と言ってもいい状況は続くのだろうか。
安易に「ハリウッドは死んだ」とか「日本映画界に未来はない」などとほざくのは慎みたい。来年はどんな傑作に出会えるだろう。楽しみだ

『この世界の片隅で』

シン・ゴジラ』と同じく、ある種の「原子力映画」と呼べなくもない。もちろん、「戦争映画」「反戦映画」でもあるのだが、「食映画」でもある。描かれる人々はヒロイン含めて、『シン・ゴジラ』のような政治家や官僚、科学者ではなく、『君の名は。』のような市井の人々なのだが、彼らは『君の名は。』の主人公たちのように華々しく活躍するわけではなく、ただ戦時という日常を過ごしているだけである。にもかかわらず、いや、それだからこそ、戦争や国家という大文字の物事への強い批評となっている大傑作。

『シン・ゴジラ』

ハリウッド製ゴジラに二度も裏切られたうえで、ご本家からやってきた「リブート作」だが、一作目に匹敵するインパクトがあったと言っても過言ではない。東日本大震災に影響を受けた映画はドキュメンタリーを含めて数多くあるが、なかなか納得できるものがなく、「やっとか…」という感じもした。同じ「震災後映画」あるいは「危機対策映画」として、ぜひ『君の名は。』(深海誠監督)と見比べてほしい。どちらも歴史修正主義的(by杉田俊介氏)作品なのだが、危機へのアプローチが対照的で興味深かった。

『スポットライト』

新聞の調査報道チームがカソリックの神父たちによる性的虐待事件を地道な取材によって暴いた、という実話を映画化したもの。陳腐な言い方をすれば、ジャーナリズムの理想型が描かれている。ただ…できれば『SCOOP!』(大根仁監督)と見比べてほしい。あなたはパパラッチ・カメラマンと、報道記者と比べたとき、「職業に貴賎なし」という言葉を信じることができるか。

今年のベスト3

今年劇場で観た映画は、約80本。この程度の母数では、ベスト10を出しても説得力がない。ベスト3なら、順不同で、『スポットライト』(トム・マッカーシー監督)、『シン・ゴジラ』(庵野秀明監督)、『この世界の片隅で』(片渕須直監督)といったところか。

お蔵出し:米研究者が「STAP細胞」の再現に成功!?

医療情報サイト「Medエッジ」2015年12月13日付で「米研究者が「STAP細胞」の再現に成功!?」という論評記事を発表させていただいたのですが、同サイトが終了してしまったので、記事も消えてしまいました。原稿をここに採録させていただきます。実際に掲載されたものとは改行などが異なる可能性があります。また小さなミスをしてしまい、15日付で訂正を入れたのですが、以下はその訂正を反映させたものです。ご参考までに。全文引用にしておきます。

米研究者が「STAP細胞」の再現に成功!?
対象も方法も結果もまったく異なる研究。1万歩譲っても「研究不正」は揺るがない



 12月12日、私は東京で、研究倫理に関するシンポジウムを傍聴していました。少し疲れてスマートフォンを覗いてみると、「STAP細胞はやっぱりあったのか!?」、「小保方さんは正しかったことを海外の研究者が証明し、論文が『ネイチャー』に掲載された!」といった情報がソーシャルメディア上で飛び交っていることに気づきました。

 結論から述べると、その理解は誤りです。


■「損傷」という刺激で「多能性様細胞」ができた、が……


 根拠とされている論文は「損傷によって誘導された筋肉由来幹細胞様細胞群の特性評価」という題名で、米テキサス医科大学の研究者らがまとめ、『ネイチャー』と同じ出版社が発行する『サイエンティフィック・リポーツ』という電子ジャーナルに掲載されたものです。

 題名からわかる通り、この論文は、マウスの足を「損傷(怪我)」させて筋肉の細胞を刺激し、その後に採取・培養したところ、多能性幹細胞、つまりES細胞やiPS細胞のように、さまざまな細胞になることができる細胞に“似たもの”ができた、という実験結果をまとめています。著者らはこの細胞を「iMuSC細胞(損傷誘導筋肉由来幹細胞様細胞)」と名づけています。彼らはこの研究を数年前から行っており、初期実験の結果をすでに2011年の『プロスワン』で発表しています。今回の論文はその延長にあるものです。

 一方、2014年、当時理化学研究所にいた小保方晴子氏らが「STAP細胞」または「STAP現象」として主張したことは、マウスの脾臓から採取したリンパ球を弱い酸性の液に25分ひたしたところ、ES細胞やiPS細胞をもしのぐ多能性(さまざまな細胞になる能力)を持つ細胞ができた、ということです。この実験結果は有名な研究者らとの共著で『ネイチャー』に掲載されました。しかしご存知の通り、数多くの研究不正があることが指摘され、STAP細胞とされたものはES細胞である可能性が高いこと、複数の図表に改ざんがなされていたことが確認されました。また、論文通りに実験しても、再現性がまったくないことも確認されました。論文は同年中に撤回され、小保方氏は理研を退職しました。

STAP細胞」は、正確な日本語訳では「刺激惹起性多能性獲得細胞」といいます。つまり、iPS細胞のような遺伝子導入ではなくて、物理的な刺激を与えるだけで多能性を持たせることができた細胞、という意味です。ある時期からその仮説は「STAP現象」と呼ばれるようにもなりました。


■対象も方法も結果も異なる


 今回、テキサス医科大学の研究者らが行なった実験は、マウスの筋肉細胞に「損傷」という物理的な刺激を与えた、というものです。したがって、「STAP」の定義にあてはまらないこともありません。

 しかし方法がまったく違います。小保方氏らもさまざまな刺激方法を試したそうですが、最終的に成功したものとして論文にまとめたのは、酸です。それに対して、テキサス医科大学の研究者らが行なった刺激は、「損傷(裂傷)」です。実験対象も、小保方氏らはリンパ球、テキサス医科大学の研究者らは筋肉細胞なので、まったく異なります。

 これらの事実からだけでも、今回の論文が、小保方氏らの方法によるSTAP細胞またはSTAP現象の再現を確認したわけではないことが簡単にわかります。

 そして結果も異なることが重要です。研究者らは、このiMuSC細胞が3種類の胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)に変わることは確認しましたが、「キメラ」という多能性の確認方法でも「完全な生殖細胞系の遺伝」は確認できなかったと明記しています。つまり生殖細胞にはならなかったということです。この論文では、分化し終わった筋肉細胞を「損傷」することによって「部分的に(partially)」初期化することができ、「多能性様状態(pluripotent-like state)」にすることができたと主張されているのですが、「部分的に」や「様(-like)」という言葉遣いからわかるように、体細胞の初期化や多能性の獲得に、完全に成功したとは述べていません。小保方氏らが『ネイチャー』論文で成功したと称したこととは異なるのです。


■小保方氏らの論文を明確に否定


 この論文には、確かに小保方氏らが2011年に『ティッシュ・エンジニアリング』誌で発表した論文への言及があります。STAP細胞を報告した『ネイチャー』論文へとつながるものです。しかし、その部分を翻訳すると、

 成体組織中に多能性様細胞が存在するということは、何年も論争の話題になってきた。というのは、矛盾する緒結果が複数のグループから報告されてきたからだ。しかしながらこれまでのところ、そのような多能性幹細胞を体細胞組織からつくることができたという研究は存在しない。

 となります。「複数のグループ」に9から15までの文献註が付いていて、13が小保方氏らの論文です。つまり著者らは小保方氏らの2011年の論文を「矛盾する緒結果」の1つとして紹介したうえで、成功したものとは認めず、明確に否定しているのです(撤回された『ネイチャー』論文については言及すらされていません)。

 ちなみに13以外の文献註には、米国の研究者がつくったという「MACP細胞」や日本の研究者がつくったという「MUSE細胞」などの論文が挙げられています。STAP細胞ばかりが取りざたされがちですが、体細胞から多能性のある細胞をつくろうとした研究は珍しくはないのです。

 いずれも今回の論文の著者らが書いている通り、確固とした評価は得られていないことが知られています。

 さらにいえば、『サイエンティフィック・リポーツ』は、確かに査読のある学術ジャーナルではあるのですが、査読の基準は「技術的妥当性」のみで、「個別論文の重要性については、出版後、読者の判断にゆだねます」と明言されている電子ジャーナルです。いわば、ごく予備的な実験結果を示して、読者の意見を求めることを目的にして書いたものも掲載される媒体です。読者はその分を割り引いて解釈することが前提になっています。

 このiMuSC細胞もまた、再現実験など科学と歴史による評価を待つことになります。

 小保方氏らの『ネイチャー』論文は撤回されましたが、否定されたのは小保方氏らの方法であって、遺伝子に手を加えることなく体細胞を初期化して多能性を持たせる、というアイディア(仮説)ではありません。iMuSC細胞に続き、そのような細胞が今後も登場する可能性は十分にあります。その再現性が確認されたとしても、『ネイチャー』論文における研究不正が取り消されるわけではないのですが、今回と同じような混乱や誤解、曲解がまた生じることも予想されます。


■「再現性の有無」と「研究不正の有無」は別問題


 繰り返しになりますが、強調しておきたいのは、「再現性の有無」と「研究不正の有無」はまったく別問題だということです。100歩、いや1万歩譲って、テキサス医科大学の研究者らの実験結果は小保方氏らの主張する「STAP現象」の再現に成功したものだとむりやり解釈しても、そのことは、研究不正がなかったということを意味するわけではありません。

 小保方氏が複数の図表を改ざんしたこと、STAP細胞と称されたものが実はES細胞である可能性が高いことは、理研自体も調査結果をもとに認めました。今回の論文には、このことを覆す要素はありません。したがって小保方氏や共同研究者、理研早稲田大学の名誉回復にはまったくつながりません。

 にもかかわらず、ソーシャルメディア上では、誤解が拡散したのです。「STAP細胞はあってほしい!」と思っている人もいるようです。残念ながらそうした願望は思い込みに変わりやすく、思い込みはデマを生みます。日本社会は2011年3月11日以降、デマの弊害を経験してきたはずです。ましてや、デマによって責任ある者たちが免責されることなどあってはならないことでしょう。


文献情報
Vojnits K. et al. Characterization of an Injury Induced Population of Muscle-Derived Stem Cell-Like Cells. Sci Rep. 2015 Nov 27;5:17355. doi: 10.1038/srep17355.
http://www.nature.com/articles/srep17355

恒例!? 今年観た映画のベスト3

このブログでは、毎年大晦日、僕がその年に観た映画のベスト3を紹介しています。
今年は試写を含めると100本弱の映画を劇場で鑑賞しました。去年よりはちょっと少ないかもしれません。
今年は、いや今年もシリーズやリメイク、リブートが目立ちましたね。偶然でしょうが、今年はほんとに僕が好きなシリーズものの新作が多く、そのなかには当然ながら印象深いものもあったのですが……それらは思い切って対象外とし、ベスト3には入れないことにし、後述することにします。
では以下、順不同で…。


●『草原の実験』(アレクサンドル・コット監督)

タイトルと宣伝文句から、結末は予想できてしまったのだが、面白くなかったわけではない。それどころか、台詞はまったくないまま、これでもかというほと次々に展開する美しいシーンに目を奪われた。タルコフスキーキューブリックウェス・アンダーソンの諸作品を思い出せなくもなかったが、ほとんど見たことのない新しいタイプの映画といってもいいだろう。実験を扱った実験的な映画である。そして描かれているテーマを考えると、3.11を経験したはずの日本で、いまのところこの作品に匹敵する作品がないことを残念に思う。


●『ハーモニー 』(なかむらたかしマイケル・アリアス監督)

いわずと知れた天才作家・伊藤計劃の遺作をアニメ映画化するという「Project Itoh」の第2弾。僕は幸か不幸か、いやたぶん不幸なことにこれまで原作を読む機会がなかったのだが、評判がいいらしいと仄聞したので、なんとなく観てみたところ……アニメ映画でここまでの衝撃を受けたのは、『イノセンス』(押井守監督)以来かもしれない。ジャンルとしては、これまで飽きるほど観てきたいわゆるディストピアもので、映画にしては台詞が多すぎるという欠点もあるのだが、フーコーやそのフォロアーのいう「生政治」を最もラティカルに解釈し、想定した未来社会が描かれた作品であるのは間違いない。その後、「Project Itoh」を遡るかたちで『屍者の帝国』(牧原亮太郎監督)も観てみたところ、こちらは普通に面白い歴史SF(?)映画だったのだが、登場人物たちが築こうとする「理想」が、『ハーモニー』とほとんど同じで、原作者・伊藤計劃の作家性を強く感じた。そしてその「理想」とは、『イノセンス』で主人公バトーが、ハラウェイやキムから提示され、惹かれつつも抵抗する「理想」ときわめて近いことも興味深い。いつか考察してみたい。


●『野火』(塚本晋也監督)

これまたいわずと知れた大岡昇平の同名小説を映画化したもの、もっといえば二度目に映画化されたものである。少し遅れて秋に鑑賞したのだが、劇場で観ることができてほんとによかった。監督のインタビューなどでは、制作費に苦労したとのことだが、観た限り、安っぽさを感じることはいっさいなかった。『プライベートライアン』など、ハリウッドの大作戦争映画に匹敵する力作。戦争という極限状態であらわになる人間の残酷さがそのまま残酷に描かれているのだが、日常・平時との距離はいかほどだろうか−−。


○そのほか


ではシリーズものについて。『マッドマックス 怒りのデスロード』(ジョージ・ミラー監督)、『攻殻機動隊 新劇場版』(黄瀬和哉監督)、『007 スペクター』(サム・メンデス監督)、そして『スターウォーズ フォースの覚醒』(J・J・エイブラムス監督)は、シリーズそのものに思入れがありすぎて、冷静に批評できません(苦笑)。一言ずつのみ述べておくと、『マッドマックス』はまさかのフェミニズム映画であったことに驚き、『攻殻機動隊』は押井や神山の攻殻作品をオマージュしつつも媚びない姿勢が好ましく、『007』は(前作に続き)古さと新しさが入りまじった完成度に感心した。そして『スターウォーズ』は、旧シリーズへのオマージュが多すぎて新作というよりはリメイクにも見えてしまったともいえるが、その一方で新しいキャラクターたちが素晴らしく、いい意味で謎も多く、次作が心から楽しみになる一作だった。『ターミネーター』のリブートと『ジュラシックワールド』は、まあ観ている間楽しかっただけでいいとしましょう。『アベンジャーズ』も楽しかったけど…次の『シビル・ウォー』のほうが面白そうですね。しかし、楽しみだったのが『007』、『スターウォーズ』、『ジュラシックパーク』、『マッドマックス』、『ターミネーター』なんて、今年はいったい何年だったしょうか(苦笑)。

『顔のないヒトラーたち』、『ヒトラー暗殺、13分の誤算』、『ミケランジェロプロジェクト』、『黄金のアデーレ』など、ナチスがからむ映画が多かったように思うのは気のせいかな。

来年もよい作品に出会いたいものです。みなさん、よいお年を。