「原子力映画解体」のためのメモ:『風の谷のナウシカ』

引き続き、「原子力映画解体」のためのメモ書きをさらします。
今日は『風の谷のナウシカ』です。拙著からの抜粋ですが、だいぶ手を入れています。
この作品についても、原作、いやコミック版も含めて、まだまだ語るべきことがあるような気がします。


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風の谷のナウシカ 1984 日本 http://p.tl/7-ZS


(拙著『バイオ化する社会』(青土社)からの抜粋を大幅に編集)


一九八四年三月一一日に公開された『風の谷のナウシカ』(宮崎駿監督)も示唆に富む作品です。
物語の舞台ははるか未来。「火の七日間戦争」と呼ばれる大規模戦争によって文明世界がいちど滅んだ後、地球の大半は「瘴気」と呼ばれる有毒物質を出す植物と、扱いがやっかいな「蟲」と呼ばれる動物が支配する「腐海」に覆われています。その戦争を生き延びた人類は、瘴気と蟲に脅かされつつ、ほそぼそと生き延びています。
主人公ナウシカが住む「風の谷」は、海からの風によって、腐海の「瘴気」と呼ばれる有毒ガスの影響がない場所で、人々は風力発電を思わせる風車を使って平和に暮らしています。風の谷は、いわば文明崩壊後に奇跡的に存在するユートピアでしょう。その風の谷は、世界を滅ぼして自分も滅んだはずの「巨神兵」を復活させ、腐海を焼き払って文明を復興させようとするペジテと、その巨神兵を奪って自らの覇権を拡大したい軍事国家トルメキアの抗争にまきこまれます。作品を通じて、「火」と「風」の対比が繰り返されるのですが、「火」は原子力をはじめとする科学技術、「風」は自然の比喩でしょうね。
ペジテやトルメキアは「火」すなわち巨神兵を使って腐海や蟲から人間を解放し、ユートピア建設を試みます。それに対して風の谷は「風」を使うにとどめ、腐海や蟲とは共生共存をはかろうとします。ここでは、大きく分けて二つのユートピア観が衝突しているのです。すなわち自然の征服によって成立するユートピアか、自然との共存によって成立するユートピアか、という違いがあります。
「火の七日間戦争」は、どうしても核戦争をイメージさせるものです。映画のラストででは、人類のほとんどを死滅させた「巨神兵」がその戦闘能力を発揮するのですが、その口からビーム砲が放たれた後に生じるキノコ雲は、核爆弾のそれを彷彿とさせます。巨神兵自体はバイオテクノロジーによって生み出された戦闘用ロボットのようなものと推察されるので、どちらかというと、生物兵器というべきものでしょう。
僕はここ数年、「核時代」という言葉を、原子核に干渉する原子力だけでなく、細胞核に干渉するバイオテクノロジーを駆使する時代、という二重の意味で使っていますが、巨神兵はその双方を想起させるものです。
この映画を3.11後に観て注目に値するのは、登場人物たちが巨神兵の復活について、動き出したら後戻りはできない、という意味のことをしばしば口にすることです。それはどう観ても原発を思わせます。ついでながら腐海に飲み込まれた街、蟲の大群に襲われた街は、東日本大震災の被災地を連想させます。実際、映画の最後で風の谷も王蟲の大群に襲われそうになるのですが、集落の指導者たちは人々に高台に逃げるよう呼びかけたりするのです。
この映画は、一般的には「風」、すなわち自然との共存によって成立するユートピアの建設を主張する「エコロジー映画」として受容されているように思われますが、ことはそれほど簡単ではないでしょう。昔話として、人が腐海を焼き払おうとするたびに、大蟲の大群が街を滅ぼしたことが伝えられているのですが、物語の終盤では、実際に大蟲の大群が風の谷を襲います。村人たちは高台に避難するのですが、その様子は、東日本大震災津波を想起させます。つまり少なくとも風の谷の人々は、自然の恵みだけでなく、怖さをも知っているのです。それに風の谷の人々も、メーヴェガンシップといったハイテク飛行装置を使いますし、風車もまたテクノロジーです。
風の谷のナウシカ』は、ある種類のユートピアのみを賛美しているとは言い切れない、その複雑さがその魅力にもなっていると思います。ちなみに原作、というか正確には映画発表後にも連載が続いたマンガ版では、ナウシカを含む登場人物や共同体が、多様で複雑なユートピア観をぶつけ合って、映画とはまた別の味わいがある作品となっています。
僕としては、この作品がほのめかしているように、ある1つのユートピア観を主張し、それ以外のユートピア観を否定するのではなく、複数のユートピア観の共存を認めることにより、ユートピアが必然的にその裏側に持つディストピア的側面を飼いならして無力化できる可能性があるのではないか、と思いますが、みなさんはいかがでしょうか? 

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