健康の敵とは何か?

 僕はときどき、「健康の敵って何だと思う?」という問いを人に投げかけることがある。ひと通りの議論を終えた後、僕は「その答えは『貧困』だよ」と言う。
 その反応は2つに分かれる。1つは「そんなの当たり前だよ」という反応。この人たちには、当たり前のことを確認してもらえればそれでいい。もう1つは「?(何いってんの、この人)」という反応。この人たちに付けるクスリはあるだろうか。
 重要な仮説はたぶん3つぐらいある。

  1. 貧しい人ほど病気になりやすくて寿命も短く(つまり不健康)、豊かな人ほど病気になりにくくて寿命も長い(つまり健康)。
  2. 不平等な社会、格差の大きい社会は、そうでない社会よりも、平均寿命が短く、病人も多い。
  3. 不平等な社会、格差の大きい社会では、貧しい人だけでなく、豊かな人も不健康になりやすい。

 1.は仮説というよりは歴然とした命題で、知っている人はあまりに当たり前すぎて口にしないようだが、というか近代医学はその黎明期からこのことを問題にしていたはずなのだが、残念ながら、知らない人は理解に苦しむらしい。
 2.はどうか。10年ぐらい前にリチャード・ウィルキンソンなどが提唱したときには、反論もあったようだが、たとえばダニエルズら『健康格差と正義』(勁草書房)などを読むと、こちらもそろそろ定説になりつつあるようだ。
 そして3.である。つい先日、日本の研究者が重要な分析を発表した。

社会の所得格差が大きくなると、貧困層だけでなく中間層や高所得層でも死亡する危険性が高まることが、山梨大の近藤尚己助教らの大規模なデータ分析で分かった。〔略〕近藤助教らは、日米欧などで研究された論文約2800本を調査。その中で信頼性が高いと判断した28本の計約6000万人のデータを解析し、格差が健康に与える影響を検証した。/その結果、格差の指標となるジニ係数が「格差が広く意識され始める」目安とされる0・3を超えると、0・05上がるごとに、一人一人が死亡する危険性が9%ずつ増えていた。影響はどの所得層や年齢層でも、男女ともに表れた。〔略〕(無署名(読売新聞)「格差社会高まるストレス、高所得層も死亡率増」、『読売新聞』2009年11月21日22時21分)

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20091121-OYT1T01012.htm

「英医師会誌」というのは……これだろう。全文無料で読めるのはありがたい。


Income inequality, mortality, and self rated health: meta-analysis of multilevel studies
http://www.bmj.com/cgi/content/abstract/339/nov10_2/b4471


 この分析結果は、前述の2つの反応のうち、後者へのクスリになるかもしれない。
 もちろん、これにもさまざな異論はあるだろう。
 しかしながら、「健康格差」、「健康の社会的決定因子」、「社会疫学」といった観点そのものがもっと知られてもいいし、この分析をまとめた近藤先生だけでなく、この記事にコメントしている近藤克則先生をはじめ、ウィルキンソンイチロー・カワチ、マイケル・マーモットなどの仕事もまた、もっと注目されるべきだ。09.11.23

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