『アンダー・コントロール』

午後、渋谷のシアターイメージフォーラムで『アンダー・コントロール』を観る。
ドイツが福島の事故を受けて脱原発を決断したことはよく知られているが、この映画はドイツの監督が、すでに始まっている廃炉、すなわち原発およびその関連施設の末路をカメラで追ったドキュメンタリーである。ナレーションも効果音も音楽もほとんどなく、カメラはドイツ各地の原子力関連施設を淡々と追う。インタビューも最低限しかない。その一方で、映像はきわめて美しい。いや、アート映画のような美しさではないが、原発というきわめて人工的で無骨なものを、構図や光の工夫で、美しく見せてしまうのは、アイロニカルかつ批評的な表現なのかもしれない。その頂点は、冷却塔が遊園地に転用されたカルカー高速増殖炉であろう(3.11後、いくつかのネットメディアが取り上げたことがあるはず)。
この映画は、「脱原発」を声高に主張しているわけではないが、原子力という厄介な代物を「管理下」に入れることの難しさや矛盾は十分に伝わってくる。惜しいのは、ナレーションなど説明をほとんど完全に排除してしまっているために、スクリーンの中で行われていることが何なのかいまひとつわかりにくいことだ。僕は恥ずかしながら、プログラムを読んで初めてわかったこともあった。なおプログラムに開沼博さんと武田徹さんが寄稿していることも、この映画のスタンスを表しているように思う。

『イエロー・ケーキ』

京橋に移動して、夕方、いつもの京橋テアトルで、『イエロー・ケーキ』という映画の試写も観る。
こちらも原子力をテーマにしたドキュメンタリー映画で、しかも同じくドイツ人が監督している。しかしこちらは「脱原発」あるいは「反原発」的なメッセージを明確に含む作品である。
「イエロー・ケーキ」というのは天然ウランを精製して得られる黄色い粉のこと。カメラは、ドイツ、ナミビア、オーストラリア、カナダのウラン鉱山を追う。旧東ドイツのヴィスムートというウラン鉱山では、かつての労働者たちに健康被害が出ているという(しかし具体的なデータが示されないのが残念)。ナミビアでは、ウラン鉱山が現地の経済をよくも悪くも支えている。オーストラリアでは、アボリジニやそれに強力する環境NGOのウラン鉱山開発への抵抗が描かれる。一方、カナダでは、アレヴァなど原子力企業の鉱山で働くことを誇りに思っている地元住民の声も紹介される。(そのあたりは開沼博『「フクシマ」論』(青土社)などを連想せずにはいられなかった。)
どの鉱山でも、燃料となるウランを抽出した後に残る、放射性物質を含む汚泥が厄介になっているらしい。それを捨てていたある湖は、生態系が破壊されているらしいのだが、もう少し正確なことを知りたかった。



『アンダー・コントロール』も『イエロー・ケーキ』も、たいへん印象深い作品だった。(そういえば飯田哲也さんはツイッターで、この2作と『100,000年後の安全』を勧めていた。)まだ観ていない原子力映画としては、『カリーナの林檎』や『プリピャチ』などがある。時間をつくって観に行きたい。

posted at 22:06:25