『ハナミズキ』

 御茶の水に行く必要のない週末はひさしぶりだ。
 といっても、やるべき仕事がないわけでは、もちろんない。午前中、洗濯しながら雑用をし、午後のいちばん暑い時間帯に、プール、図書館、スーパーを回る。映画を観たいと思ったのだが、僕はもはや学生ではなく、マイレージもたまっておらず、本日はサービスデイでもないので、通常料金は高いと感じてしまった。ということで、いったん帰室し、またいくつかの雑用をしてから、夜、シネコンに向かう。ナイト料金で『ハナミズキ』を観る。
 カユカワさん、恋愛映画なんて観るの? といわれそうだが、一青窈の名曲「ハナミズキ」にインスパイアされてつくられた映画だと知らなければ、もちろん観るはずない。
 音楽に影響されて生まれた映画、いわば音楽を原作とした映画は、いくつかある。竹中直人が監督した『サヨナラCOLOR』は、スーパーバタードッグの同名曲が元になっているはず。その逆もあって、浜田省吾ムーンライダーズは、映画に影響されてつくった歌をプレイしている。
ハナミズキ」の歌詞は、さまざまに解釈されうる。もちろん解釈に1つの正解などなく、聴き手の数だけあるといっていいだろう。それを映画にすることは、解釈の範囲をある程度狭めてしまう危険があるともいえる。
 一青窈はその歌を通じてしばしば自分の人生を歌ってきたが、映画『ハナミズキ』は、彼女の人生を追うような作品ではない(「大家」を原作にしたらそうなるかもしれない)。一青窈というと台湾人の血を引いているということもあって、南のイメージがあるが、映画の舞台は、北海道やカナダなど、むしろ北にある土地である(そのほかに東京とニューヨークも舞台となる)。つまり一青窈主演の『珈琲時光』とはずいぶんイメージが異なる(『珈琲時光』の主人公・陽子は明らかに、一青窈その人のイメージからつくられたキャラクターである)。
 愛し合う恋人どうしがそれぞれの道を歩むようになり、だんだんと心が離れていく、というストーリー展開は、「ハナミズキ」だけではなく、Coccoの「強く儚い者たち」をも連想させた。一青窈は9.11に強く影響されて「ハナミズキ」を書いたということは有名だが、そのことはあまり反映されていないように見えた。僕としては、もっとこの点を工夫してほしかったのだが、制作者たちは重要だと思わなかったのだろうか。挿入歌として「影踏み」が使われていたのだが、その歌詞もかすかに取り入れられている。ラストは……ネタバレになってしまうので具体的には書かないが、だから“デート映画”って嫌いなんだよ、と言いたくなるものだった。でも仕方ないかなあ。
 残暑の夜を、涼しく過ごせただけでよしとしよう。
 それにしても、わが青春映画たちの主演女優・薬師丸ひろ子がヒロインの母親役とは。いやはや……。


♪ 夏は暑過ぎて
  僕から気持ちは重すぎて
  一緒にわたるには
  きっと船が沈んじゃう
  どうぞゆきなさい
  お先にゆきなさい ♪