品質安定化? 万能化?

 細かい話で恐縮なのですが……僕は、ヒトES細胞の研究が国内で始まったとき、「国産」という言葉が使われたことに、大きな違和感を持ったことがあります。
 最近の報道でも、似たようなことを感じることがあります。以下は、7月2日付の『朝日新聞(asahi.com)』の記事です。
 

iPS細胞の品質安定化に成功 米MIT教授ら

2008年7月2日23時25分

 品質が一定の万能細胞(iPS細胞)をつくる方法を、米マサチューセッツ工科大(MIT)のルドルフ・イェーニッシュ教授らの研究チームが開発した。1日付の米科学誌ネイチャー・バイオテクノロジー(電子版)に発表した。創薬の研究に役立つという。
 iPS細胞は、万能化にかかわる複数の遺伝子を皮膚などの細胞に入れてつくる。ウイルスを使うので、各遺伝子が組み込まれる場所を制御できず、均質にできない。
 研究チームは今回、四つの遺伝子を使う一般的な方法でマウスのiPS細胞(第1世代)を作製。さらに、この細胞を注入した胚をマウスの子宮に入れ、育った胎児の皮膚の細胞からiPS細胞(第2世代)をつくった。
 第2世代づくりで使う胎児の皮膚細胞には、四つの遺伝子が「オフ」の状態で組み込まれているので、特殊な薬剤で「オン」の状態にするだけで万能化できた。同じ皮膚細胞を使う限り、四つの遺伝子の場所が同じiPS細胞をつくることができる。
 iPS細胞を開発した京都大の山中伸弥教授は「これまでのiPS細胞では、四つの遺伝子をいつも同じ場所に組み込むことはできなかった。将来、薬の開発や副作用のチェックには、均質なiPS細胞が必要となる。今回の成果は大きい」と話している。(竹石涼子)


 この研究自体(そしてそれを伝えること)は重要だと思います。もう少し詳しく知りたい人は、『サイエンス・デイリー』の記事(プレスリリース)を読むといいでしょう。ちなみにイェーニッシュは、幹細胞やクローニングの分野において、これでもかというほど多彩なアイディアにもとづく実験を公表し続けている人物です。
 それはともかくとして、この記事中の「品質安定化」、「万能化」という言葉遣いには、抵抗があります。前者は工業製品のような印象が強いし(それともiPS細胞はすでに工業製品なのでしょうか)、後者は『現代思想』7月号の拙稿で述べた通り、定義にもイメージにも問題があります。後者については、「多能性を持たせること」ぐらいにかみ砕いて説明できるはずです。
 僕も知らず知らずのうちに同じような表現を使ってしまっている可能性は排除できないので、あくまで自戒を込めて、そう思うのですが。
 また、これまで「万能細胞」、つまりES細胞やiPS細胞といった多能性幹細胞は、その利用目的として、「再生医療」が前面に出されてきたのですが、年々、「創薬」=「薬の開発や副作用のチェック」という、明らかに異なる目的が見えてきた(潜在的には以前からあった)ことも注意しておきたいものです。これまた自戒を込めて、ですが。僕自身、「再生医療」を前面に出して議論してきたので。
 また、朝日新聞社の竹石記者は「iPS細胞研究 「印籠」にせず、論議尽くして」というきわめて説得力のある記事(意見)も書いています(『朝日新聞』2008年4月23日朝刊6面、「政策ウオッチ」)。「iPS細胞研究支援は大事だが、「水戸黄門の印籠(いんろう)」にしてはいけない」。このことも明記しておきます。08.7.8


現代思想2008年7月号 特集=万能細胞 人は再生できるか

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