フロイト的“デッガードの夢”解釈
朝からガッコへ。2限の「社会学基礎演習」で、フロイトの「自我とエス」を読む(『自我論集』中山元訳、ちくま学芸文庫、1996年、原著1923年)。
予習段階で、僕はドイツ語には自信がないので、ウェーバーやマルクスのときと同じように、英訳を参照しておこうと思っていた。英訳の題名が「The ego and the id」だということはすぐにわかった。フロイトは死んでからすでに50年以上経っているので、そのテキストはどこかのサイトに上がっているだろうと思っていたのだが、なかなか見つからない。プロジェクト・グーテンベルグにもグーグル・ブックにも上がっていない。ウェーバーやマルクスと同じく、マニア、いや失礼、善意の専門研究者がつくったサイトもいくつか見つかったが、このテキストは上がっていない。なぜだろう。ま、いいか。
というわけで、2限の前にガッコの図書館に立ち寄って、ペリカン版英訳On metapsycology : The theory of psychoanalysis, 1984を借り出してから教室へ。
およそ3分の1(第2節まで)を読了。
周知の通り、フロイトはこの論文の第1節で、人間の「心的なもの」を「意識的なもの」と「無意識的なもの」と分けるだけでは足りず、後者のある部分をさらに「前意識的なもの」と切り分ける。しかし彼はそのような「局所論」でもなお説明できないことがあると考える。「無意識(Ubw)は抑圧されたものと一致」せず、「抑圧されない無視意識(Ubw)という第三のものを想定」しなければならない。そこで彼は「自我」と「エス」という概念を導入する。フロイトによれば、自我は「記憶の残滓に依拠する前意識(Vbw)も含むもの」であるが、「無意識的なもの」でもある。
知覚システムから発生し、当初は前意識(vbw)であるものを〈自我〉と名づけ、無意識的(ubw)なものとしてふるまうものを〈エス〉と名づける (220頁)
自我はエスを覆っているのである。自我とエスの間に明瞭な境界はなく、自我は下の方でエスと合流している。/しかし抑圧されたものもエスと合流するのであり、その一部を構成するに過ぎない。抑圧されたものは、抑圧抵抗によって自我と明瞭に区別されるのであり、抑圧されたものはエスを通じて自我と連絡することができる。(221〜222頁)
「エスEs」というのはいうまでもなく、ドイツ語の「それ」という意味で、フロイトはこれをグロテックという人物の著作から着想し、またそのグロテックが前提としているはニーチェであると推測している。英訳では「It」ではなく、「Id」と意訳(?)されている。ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』(市倉宏祐訳、1986年、原著1972年)の冒頭で出てくる「それ」は、この「エス」である。また、映画のタイトルにもなっているのだが……いま調べたところ、『エス』というのは邦題で、ドイツ語原題は『Das experiment(実験)』らしい(この映画とその受容・紹介のされ方について、中村征樹さんが批判的に分析した発表を聴いたことがある)。
それはともかく、僕が面白いと思ったのは、以下のような記述である。
自我はエスに対して、自分を上回る大きな力を持つ奔馬を御す騎手のようにふるまう。〔略〕自我は騎士の場合と同じように、馬から振り落とされたくなければ、馬が進みたい場所に行くしかない場合が多いのである。すなわち自我は、あたかもそれが自分の意志であるかのように、エスの意志を行動に移すしかないのである。(222〜223頁)
これを読んで、即座に思い浮かんだのは、映画『ブレードランナー』が「ディレクターズ・カット」としてリメイクされたときに挿入された、例のシーンである。そう、デッガードがピアノに顔を伏せながら見る夢(白昼夢?)だ。ファンのあいだでは「デッガードの夢」とか「ユニコーンの夢」と呼ばれている場面である。白いユニコーンが森のなかを駆け抜ける。そしてその身体を振るわせる。まるで角を振り落とそうとしているかのように。角は男性器の象徴か。周知の通り、この映画のなかでガフという登場人物は、3度、折り紙で動物をつくる。ニワトリと男性の人間とユニコーンである……。
また、ウィリアム・ギブスンの“電脳三部作(スプロール・シリーズ)”では、いわゆる「ハッカー」が「カウボーイ」と呼ばれている。カウボーイはいうまでもなくウマに乗っている……。
なお訳者の中山元氏は、フロイトが別の著作『夢の解釈』で、「自分の夢を解釈しながらこの比喩を使っている」ことを訳注として追記している(223頁)。「夢」である……。
以上はもちろん、僕の妄想に過ぎない。僕が御しているように見えるものは何だろう。ジャーナリストはクローンヒツジの夢を見るか。08.7.9
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