『長江にいきる』、再び春樹、など

 午後、新橋のTCC試写室で、ドキュメンタリー映画『長江にいきる』を観る。ブルー・レディオ・ドットコムからの案内メールで、烏賀陽弘道さんがネットラジオ番組「U-NOTE」で、同作品の監督にインタビューしたのは知っていたのだが、先入感を持たないよう、あえて聴かないまま観てきた。


長江にいきる
http://www.bingai.net/

U-NOTE
http://www.blue-radio.com/u-note/047.shtml


 観た印象は……大当たりだった。舞台は三峡ダムに沈む農村、そこに生きる女性の姿を描く。「よくこんな発言、拾えたよな……」と思った場面がいくつかあったのだが、帰室してからU-NOTEを聴いたら、まさにそのことを烏賀陽さんが質問していて、たいへん有益だった。映画そのものももちろんだが、烏賀陽さんによるインタビューも。
 観た後で、いくつか中国関連の映画を思い出した。たとえば北京オリンピックのスタジアム建設を描いたドキュメンタリー『鳥の巣』。これはまさに発展する中国の象徴中の象徴を描いたもので、『長江にいきる』とは好対照。あるいは同じように中国の農村を描いた『さくらんぼ 母ときた道』。これはフィクションだが、偶然にも足に障害を持つ男性が登場する。そしてその妻は知的障害者。『長江にいきる』も『さくらんぼ』も、もう日本社会にはあまり存在しない、自然や地域社会が描かれている。


鳥の巣
http://www.torinosu-eiga.com/

さくらん
http://www.sakuranbo-movie.com/


 三峡ダムを描いた『長江哀歌』という作品もあるようだが、僕は残念ながら未観。


長江哀歌
http://www.bitters.co.jp/choukou/index.html


 中国関連ではないが、日本のドキュメンタリー映画船、山にのぼる』は、ダム建設で消えた村(で行なわれたこと)を描いていることが共通する。1つの村(地域社会、コミュニティ)が消えるということは、いろいろなものが消える(そしてまた生まれる)ということなんだなあ、と思った。


船、山にのぼる
http://www.fune-yama.com/


 中国といえば、この時期に「エルサレム賞」の受賞が伝えてられている村上春樹の作品にもしばしば中国が登場する。繰り返すと、現時点での最新長編『アフターダーク』は、人間の持つ底知れない悪意(とかすかな希望)を描いた佳作だと思うが、中国に留学予定の女の子が主人公だ。『長江にいきる』を観て、U-NOTEで中国からの留学生であったという監督のインタビューを聴き、『アフターダーク』を思い出し、さらに僕が国士舘大学で教えている中国人留学生たちの姿を思い出した。
 その春樹の受賞だが、はてな界隈では盛り上がっているようだ。あるブログからリンクされていたインタビュー記事が非常に興味深い。
 
What Haruki Murakami talks about
http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/2008/10/24/RVL713GP8T.DTL


 春樹の「社会」や「政治」へのコミットの仕方って、『羊をめぐる冒険』のフィクサーにせよ、『ねじまき鳥クロニクル』のノモンハン事件にせよ、あまりに遠回しすぎるという印象がある。また僕は、前にも書いたかもしれないが、彼が震災より先にオウム事件について先に書いたとき(しかもインタビュー集というかたちで)、怒りを感じたことがある。しかしその後、小説のかたちで震災について書いたとき(『神の子どもたちはみな踊る』)、その怒りは収まった。彼なりに時間をかけて整理したのだろう、と。
 上記のインタビューは最近のもののようだ。受賞スピーチももちろん気になるが、僕は次作に期待することにする。そしてその解釈は、春樹自身も述べているように、読者の義務なのだ。09.1.29

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)

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