ヒトクローン胚「解禁」

 文部科学省がヒトクローン胚研究を「解禁」したようです。

文部科学省は21日までに、ヒトクローン胚(はい)の作成を解禁した。難病の再生医療研究に限り、クローン胚から必ず胚性幹(ES)細胞を作ることなどが条件。クローン人間作成は2001年に施行したクローン技術規制法で引き続き禁止される。今回は同法に基づく特定胚指針やヒトES細胞指針を改正した。
 ヒトクローン胚からのES細胞作成は、かつては再生医療実現の切り札とみられたが、韓国ソウル大の研究者らが04年に発表した「世界初成功」がねつ造と判明。07年には山中伸弥京都大教授らがヒト皮膚細胞から人工多能性幹(iPS)細胞を作ることに成功した。このため、研究者の関心が薄れ、文科省に作成計画案の申請があるかは不明だ。(2009/05/21-15:14)(無署名(時事通信)「ヒトクローン胚作成を解禁=再生医療研究目的に限定−文科省」、『時事通信』2009年5月21日15時14分)

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009052100571

文部科学省は21日までに……」というのがわかりにくいのですが、ようするに、同省は5月20日付で、いわゆる特定胚指針を改定したということです。

ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律施行規則及び特定胚の取扱いに関する指針が改正されました。(平成21年5月20日

http://www.lifescience.mext.go.jp/bioethics/clone.html

 気になるのは、ヒトクローン胚作成に使われるであろう卵子の入手についてですが、改定された特定胚指針では、以下のように指定されています(第九条5)。

一 疾患の治療のため摘出された卵巣(その切片を含む。)から採取された未受精卵(提供者の生殖補助医療(生殖を補助することを目的とした医療をいう。以下この項において同じ。)に用いる予定がないものに限る。)
二 生殖補助医療に用いる目的で採取された未受精卵であって、生殖補助医療に用いる予定がないもの又は生殖補助医療に用いたもののうち受精しなかったもの
三 生殖補助医療に用いる目的で作成された一の細胞であるヒト受精胚であって、生殖補助医療に用いる予定がないもののうち、前核(受精の直後のヒト受精胚に存在する精子又は未受精卵に由来する核であって、これらが融合する前のものをいう。)を三個以上有する、又は有していたもの

http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/30_226.pdf

「二」の中ほど「生殖補助医療に用いる予定がないもの」というのが微妙ですね。余剰胚ならぬ余剰卵子(未受精卵)というものは、生じにくいと思われますが……。
 有償か無償を問わず、“ボランティア”女性や研究チーム内の女性が卵子を提供することは認められないようです。おそらくファン・ウソク事件も影響したのでしょう。
 ちなみに上記記事は「文科省に作成計画案の申請があるかは不明」と結んでいるのですが、2006年の夏の段階で、日本の有力な幹細胞研究者が、自分たちは当面、ヒトクローン胚作成に着手するつもりはない、と述べたことがあります。
 彼ら以外に、ヒトクローン胚作成を含む研究に興味を持つ研究者がいるかどうかはわかりません。
 これで日本もヒトクローン胚作成を公式に認めたことになりますが、実際に作成研究が行なわれるかどうか、行なわれるとしたらそれが何らかの問題を起こさないか----今後も注視し続けたいと思います。「二」はかなり気になります。また使われる卵子がどのようなものであれ、破壊を前提とした胚の作成が公式に認められたのですから、私たちは文明論的にも、一歩を----人間の道具化=手段化へと?----踏み出した(あるいは後退した)といえるでしょう。09.5.22

クローン人間 (光文社新書)

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追伸;
 周知のことですが、カントは次のような箴言を残しています。

君自身の人格並に他のすべての人格に例外なく存ずるところの人間性を常に同時に目的として用い決して単に手段としてのみ使用しないように行為せよ(『道徳形而上学原論』、篠田英雄訳、岩波書店(文庫)、1960年、原著1785年、76頁)

 もちろん、破壊を前提とするにせよしないにせよ、受精胚にせよクローン胚にせよ、いわゆる初期胚が「人格」かどうかは微妙ですが……。