幹細胞バンクと“人間の”資源化

 少しでも書いておきましょう。いま進行中の書きものと関連して……。

 さまざまな細胞に分化できる人工多能性幹細胞(iPS細胞)を蓄積した国内初の「細胞バンク」について、京都大の山中伸弥教授は4日、自身がセンター長を務める京都大iPS細胞研究センターに5年後をめどに設立することを明らかにした。〔略〕(奥野敦史「iPS細胞バンク:5年後めど京大に設置 山中教授が表明」、『毎日新聞』2009年6月4日 23時04分)

http://mainichi.jp/select/science/news/20090605k0000m040132000c.html

「国内初の「細胞バンク」」とありますが、細胞バンク(最近は「バイオバンク」と呼ばれることが多いようです)は国内にすでに存在していますので、「国内初の「iPS細胞バンク」という意味でしょう。「ES細胞」は別枠なのでしょうか。
「50種類のiPS細胞株」とあるので、50人の「ボランティア」を募って体細胞を集めればそれでいいのかな、と思ったのですが、そうではないようです。

〔前略〕2万〜3万人の日本人から細胞の提供を受けて約50種類の遺伝子タイプからなるiPS細胞を作る。これだけ集めれば、日本人の9割の人で拒絶反応が起きない細胞ができるようになるという。(無署名(日経新聞)『日経新聞』2009年6月4日付)

http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090605AT1G0404P04062009.html

「2万〜3万」と「50」とのあいだには、ずいぶん差があります。それともiPS細胞の樹立効率や各種細胞への分化誘導効率には、個体差/個別差があるのでしょうか。
 移植だけを前提とすれば、50株もあればいいのでしょうけど、さまざまな疾患のメカニズムの研究のためには、もっとたくさんのものが必要になる、たぶんそういう意味でしょう。
 一方、『共同通信』はこんな書き方もしています。

〔前略〕山中教授は「理論上、特殊な白血球の型を持つ50人からiPS細胞をつくれば、日本人の90%に拒絶反応が無く使える」と解説。(無署名(共同通信)『共同通信』2009年6月4日付2009/06/04 21:48 )

http://www.47news.jp/CN/200906/CN2009060401000928.html

 いずれにせよ、すでに臨床を視野に入れているようです。それはそうでしょう。アメリカでは、ジェロン社が申請していた、ES細胞を使う臨床試験の計画がすでに認可されています。ジェロンのようないわゆるバイオベンチャーだけでなく、ビッグ・ファーマも動き出しています。
 いずれ世界中にこうした幹細胞バンクができ、情報とモノ(つまり幹細胞)の相互交流が生じるでしょう。
 人体には、200から230種類ぐらいの細胞があるといわれていますが、それらすべてへの分化誘導技術が確立されれば、「人体の資源化」は、終焉するともいえます。理屈からいえば。過去の「人体の資源化」を免責すれば、ですが。そしてもちろん安全性と有効性の問題もクリアされれば、という条件付きですが。
 しかし……いま思えば、ファン・ウソク事件というのは、「人体の資源化」の結果というだけでなく、「人間の資源化」の結果だったのではないでしょうか。「卵子」それ自体は、人体もしくは人体の派生物といえますが、それは「人格」も「意識」もある人間存在の生命活動の結実でもあるはずです。セラピューティック・クローニングという医療モデルが放棄され、iPS細胞が登場したとしても、「人間の資源化」をうながす社会そのものが改善されるわけではない……といったら、科学技術に多くを求めすぎでしょうか。09.6.10