アメリカ人の見た日本の医療制度

 アメリカでは、健康保険改革が盛んに議論・報道されているようですね。僕はほぼ毎日、英語のベンキョと称して、NPR(ナショナル・パブリック・レディオ)のニュースを(もちろんネット経由で)聴いているのですが、かなりの数の記事がハイペースでアップされ続けています。
 一方、『ワシントンポスト』9月7日付が日本の医療制度を紹介しました。
 マイケル・ムーアの『シッコ』について、「カナダやフランスやイギリスやキューバの医療を美化し過ぎている」という批判がありました。僕もあるていど同意します。カナダにはカナダの、フランスにはフランスの問題があるでしょう。また、「マイケル・ムーアはなぜ日本を取材しなかったの?」という疑問の声もありました。僕もこれは不思議でした。ムーア本人は、単に日本は遠いからだ、みたいなことをコメントしている記事も読んだ記憶がありますが……。
 それはともかくとして、『ワシントンポスト』のこの記事は、基本的には日本の医療制度を肯定的に評価しているのですが、日本には日本の問題があることも書き留めています。
 というわけで、全訳してみました。日本のことを英語で書いた記事をわざわざ日本語に訳すなんて、回りくどいような気もするのですが(笑)、アメリカと対比することで見えやすくなることもあるでしょう。ご参考までに。誤訳があったら指摘してください。09.9.15
 

日本の医療制度----低コスト、いまのところ
Health Care in Japan: Low-Cost, for Now


人口の高齢化がシステムを制約
Aging Population Could Strain System]


ブレーン・ハーデン
By Blaine Harden
ワシントンポスト』外報部
Washington Post Foreign Service
2009年9月7日 月曜日
Monday, September 7, 2009


東京----アメリカの医療制度論争から世界を半周したところにある日本には、コストはアメリカの半分、アウトカムはしばしばアメリカを上回る医療制度がある。日本の医療制度は、保険会社の利益を禁じることによって診察料を抑え、充分な保険に加入しているアメリカ人の多くが耐えられないであろうケアにおける不足を受け入れている。
 日本人は年に14回医師を訪ねる。アメリカ人の4倍以上である。日本人は自分の望む一般医や専門医を選ぶことができる。調査が示すところによれば、ほとんどつねに、自分の望む日に面会している。こうした医療ケアのおかけで、日本人は地球のどの人々よりも長生きし、世界で最も低い幼児死亡率を達成している。
 日本の医療制度は、普遍的であり、義務的なものである。職場に基盤を置く保険料と税金で運用されるハイブリッド・システムであり、この国の国内総生産の8パーセントを消費する。アメリカの約半分である。アメリカの制度とは異なり、誰も事前の条件によって補償を否定されないし、家族が病気になることで破産したりもしない。
 しかしながら多くの医療経済学者らは、日本の低コストのシステムはたぶん、大きな変革なしには持続しない。日本はすでに世界一の高齢国家である。2050年までには、人口の40パーセントが65歳以上になる。がんや卒中、アルツハイマー病の比率が急激に増えるにつれて、疾患のミックスは、治療するのがより高価になっている。コンサルティング会社マッキンゼー&カンパニーによる最近の分析によれば、医療ケアの需要はこの25年で3倍になるだろう。
 日本の経済は停滞している。若者の不足は、成長への展望を鈍らせ、負債に苦しむ政府が医療費を増やす能力を妨げている。経済協力開発機構OECD)によれば、改革なくしては、コストは倍増し、10年以内にアメリカの現行レベルに届くという。
 何世代にも渡って、日本は、コスト維持という成功を達成してきた。2年ごとの医療提供者との激しい駆け引きの後、政府は、治療や薬品の価格を決める----そしてごまかしのないことに耐える。
 結果として、日本の医師は、アメリカの医師よりもはるかに少ないカネしか稼いでいない。管理コストはアメリカの4分の1である。これは部分的には、保険会社が治療の率を決めていないし、申し立てを否定しないからである。法律によって、保険会社は低リスクで高利益のクライアントから利益を得たり、彼らを引きつけるために宣伝したりすることができない。
 コストダウンを続けるために、日本は、ほかの分野でトレードオフをしてきた。ときにはそれは患者の不利益になった。たとえば医師とのアポイントの前に1時間も待つことにいらつく者がいる。しかし緊急医療の品質管理と格差に疑問を持つ者もいる。
 日本の病院は、救急医療や深刻な病状のためのスペースのために、「押し出し」効果を経験しており、日常的な治療を求める患者の洪水によってときに圧倒されてしまうこともある、と、東京にある国際基督教大学の経済学者で医療制度の専門家である八代尚宏教授は言う。
「患者はあまりに平等に治療されています」と彼は言う。「ベッドはそれほど深刻ではない患者によって占められており、この制度を過剰に利用する者に対するペナルティもありません」
 政府は、アメリカの4倍である入院期間の長さを大幅に削減することができていない。マッキンゼーの最新報告によれば、勤務医はしばしば働き過ぎであり、専門的な救命スキルを身に付けることができない。統計は、日本人はアメリカ人よりも心臓発作になりにくいことを示しているのだが、もしなったときには、死亡率は2倍にも上る。
 産科医、麻酔医、そして救急医療室の専門家は不足している。多くの病院では、比較的低い給料、長時間でストレスの多いからだ、と医師や医療評論家らは言う。救急医療室の業務はしばしばムラのあるものである。多くの病院では救急医療室のベッドは限られており、診断の専門家は不足している。昨年に広く報じられたのだが、予想されなかったある事故では、重い頭痛を訴えた妊婦が、東京の7つの病院に受け入れを拒否された。彼女は出産後、診断未確定の脳内出血によって死んだ〔2008年10月の都立墨東病院での妊婦死亡事件〕。
「私たちは、夜は病院砂漠にいるのです」と、ほとんどのアメリカの病院では一般的な、骨の折れる24時間勤務のための報酬の不足を引用しながら八代は言う。
 熟練した医師は、民間クリニックの高報酬と予想可能な時間に惹かれて、病院を去る傾向がある。彼らは開業医になり、低い診療費を驚くほど多い人数で補う。質問する時間がほとんどない組み立てラインのようなプロセスのなかで患者を診るのだ。
 Oba Toshihikoは、医師としてのキャリアのほとんどを病院で過ごしてきた。彼は耳や鼻、喉の専門家として13年間、週80時間働いてきた。年間所得は10万ドル〔907万2000円〕である。厚生労働省によれば、日本における病院勤務医の平均所得は約15万ドル〔1360万8000円〕である。
「この額はあまりいいものではありません。責任とプレッシャーが多すぎます」と47歳のObaは言う。
 5年前、彼は、キャリアの頂点にある日本の医師ではありふれているキャリア変更を実施した。彼は病院を去り、民間クリニックを開業した。いまでは主に風邪やアレルギーを治療している。
 東京の裕福な地域、銀座にあるオフィスで、Obaは週5日間、午前9時30分から午後7時まで働く。彼は、自分はとても速く働いている、と言う。たいていは日に150人の患者を治療する。1人あたりの時間は約3分といったところだ。
 人数によって彼の収入は何倍にもなっている、とObaは言う。たとえ専門医になったとしても。厚生労働省によれば、日本では、病院から民間クリニックに移動する医師のほとんどは収入が倍になる。日本では、医療ミス保険は多くの医師にとって大きな負担ではない。これは部分的には、弁護士が比較的少ないからである。Obaは年間、わずか1000ドル〔9万720円〕しか払っていない。
 日本の医療制度の最大の強みの1つ----人は医師を選べ、すぐに診てもらえるという能力----は、医療の質とコストのコントロールについての最大の呪いの1つとなっている、と専門家たちは同意する。
 医療ケアや入院のための門番はいないのだ。
「政府は20年以上も門をつくろうとしてきました」と東京にある慶應大学医学部の健康政策管理学教室の池上直己教授は言う。「しかし私たちは一般開業医を、門番になるようにしつけてはいません」
 また日本には1人あたり、アメリカの3倍の病院がある。政府は病院のベッドを制限しようとしてきたが、ほとんど成功していない。入院治療における制度的な慣習と文化的傾向のためである。日本では産婦はしばしばふつうの出産の後でも5日間、病院に留まる。アメリカでは、1日か2日以上留まることはめったにない。
 日本の医療制度は、社会主義と自己責任やマーケットの力を混ぜ合わせている。政府は全医療費の4分の1を払っている。雇用者と労働者が残りを、義務的な保険を通じて支払っている。
「この労働者の保険料の3分の1以上が、若くて健康で豊かな人から、老いていて不健康で貧しい人へと富を移動するのに使われています」と池上は言う。
 大きな企業の労働者は、給料の約4パーセントを、会社に基盤を置く保険供給者に支払う。こうした保険料は年間6000ドル〔54万4320円〕に抑えられている。しかし平均的な給与所得者は1931ドル〔17万5180円〕払っている、と政府は言う。アメリカに拠点を置く「国立医療連盟National Coalition on Health Care」によれば、アメリカでは職場に基盤を置く保険は、典型的な被雇用者に年間3354ドル〔30万4274円〕を課している。
 日本では、雇用者は、非雇用者それぞれの負担金に見合う保険料を払っている。アメリカでは、健康保険はずっと高価なものであり、雇用者は民間の保険会社に、被雇用者それぞれが負担している額の3〜4倍を支払っている。
 日本の自営業者や雇用されていない人は、保険補償のために年間約1600ドル〔14万5152円〕を払わなくてはならない。さらに、労働年齢にある患者は、治療や薬に30パーセントの一部負担を求められる----世界で最も高い料金である。しかしそうした支払いは、コストについて固く閉ざされた蓋のため、比較的低い傾向にある。もし一部負担が月あたり863ドル〔7万8291円〕を超えるときには、さらなる医療費の1パーセントまでに落ちる。
 東京の洋服屋、Mukai Hanaは、日本の医療について悪いことは何も考えられない、と言う。
 彼女は4歳の息子Yugoを、風邪とインフルエンザの季節にはほとんど毎週、耳鼻科に連れて行く。2人は、年に12回ぐらい耳鼻科に行く。たいていは息子が鼻をたらしているときだ。彼女は予約を取る必要はないのだが、医師に会うためにはおよそ75分も待たなくてはならない。
 医師は彼の耳をチェックし、鼻を洗い、薬品を処方する。この訪問はたいてい2、3分である。そしてこれは無料である。一部負担があると思われるだろうが、Mukaiのところの行政府は子どもの医療費すべてをカバーしている。これは日本の多くで普通である。Mukaiは、Yugoのためには決して市販薬を買わない、と言う。というのは、日本では子どもの処方薬もまた無料だからである。
 彼女自身の医療コストについては、それは見えないか無視していいものだ、と彼女は言う。彼女は、自分が給料の天引きを通じて医療保険料をいくら払っているのかをチェックしたことがない。医師への訪問のための一部負担はささいなもの、と彼女は言う。というのは、ほとんどの訪問における全額は、薬を含めても30ドル以下になるからだ。
「私は自分の医療費が安くなることを知っています。それで私は、医師のところに行くために私がいくら負担していることになるのはを考えたことがなかったのです」と39歳のMukaiは言う
 Mukaiと彼女の夫、そして息子の健康は、日本人のほとんどすべてと同様、無料の健康診断からも便益を受けている。日本は企業に、被雇用者のための年に一度の身体検査のためにカネを払うよう求めている。
 また地方および国家政府は予防医学を押し進めている。Mukaiは40歳近いので、地方政府は彼女に、彼女は包括的で無料の検診を申し込むよう知らせてきた。医師は彼女の目や歯を調べ、大腸や胃、子宮頚がんを調べるだろう。彼女はまた、無料の婦人科精密検査を受けられる。
 息子については、専属医療専門家や歯科医が彼の公立保育園に年2回訪れ、無料の検査を実施する。1年間保育園にいれば、彼はほかの医師によって、目や鼻、耳の問題を無料で検査される。
 にもかかわらず、医療制度は、比較的しっかりとした日本人の健康について、信頼に値するものとされていない。食事や生活習慣は、アメリカのそれよりも、一般的に健康的である。暴力的な犯罪も自動車事故も肥満もずっと少ない。OECDによれば、わずか3パーセントの日本だけが肥満である。それに比べて、アメリカ人では30パーセント以上だ。
 いま、西洋的な食品が食生活に入りこんできており、デスクワークが増加し、太り過ぎの日本人が増えている。医療の予防的目標の一部として、政府は、肥満関連健康問題----ここでは「メタボリック・シンドローム」と呼ばれているもの----を押しのけようとしている。たぶんアメリカ人を驚かせるやり方で。
 ここでは人口の70パーセントに義務的な肥満スクリーニングが行われている。もし腰回りが太り過ぎていることがわかったら、運動と食生活についてのカウンセリングを受けるよう求められる。
 この法律〔2006年6月に成立した「健康保険法等の一部を改正する法律」〕は3年前に通過したものなので、スクリーニングやカウンセリングが効果的かどうかがわかるには早すぎる。しかし医療の専門家らは、政府はほとんどすべての人が肥満を心配するようにすることには成功したということに同意する。自分たちが食べているものについて、そしてどれだけ運動しているかについて考えることにも。
 アメリカが、日本の医療制度の最良の部分、とりわけ予防的ケア、国民皆保険、子ども医療無料化を模倣しないことを、Mukaiは不思議がる。
「もし日本人がそれをできるのならば、なぜアメリカ人はできないのでしょうか?」と彼女は言う。


Akiko Yamamoto特派員がこのレポートに協力した。(粥川準二仮訳)

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/09/06/AR2009090601630.html