幹細胞と同意
8月に引き続き、今月にも幹細胞について話す機会がありそうである。
日本に住んでいる以上、日本国内の事情についても触れておこう。
ここ最近の国内の幹細胞関係のニュースのなかで、最もインパクトがあったのは、慶應大学の研究者がiPS細胞から精子や卵子を分化誘導する研究計画を学内の倫理委員会に申請したことと、東大医科研の研究者らマウスの体内にラットの膵臓をつくらせることに成功したことだろう。
まずは前者から。『朝日新聞』が比較的要領よくまとめている。
〔略〕倫理委に認められれば、年内にも研究に着手する。iPS細胞からヒトの生殖細胞を作る研究は国内初。不妊治療などにつながると期待されるが、技術的にも倫理的にも課題があり、情報公開を求める声も出ている。/岡野栄之慶応大教授(再生医学)らと全国有数の不妊治療件数のある「加藤レディスクリニック」(東京都)、実験動物中央研究所(川崎市)が共同で研究する。京都大の山中伸弥教授が白人女性のほおの皮膚からつくったiPS細胞を使い、生殖細胞に必要とされる遺伝子を働かせて精子や卵子に成長させる。受精や着床は行わないという。
http://www.asahi.com/science/update/0731/OSK201007300182.html
ようするに山中先生が2007年の記念碑的論文で記したiPS細胞株を使うということなのだろう。ではその「由来者(提供者)」である「白人女性」はこのことをご存じなのか? それとも「包括同意」してあるので、そこのところはスルーなのか?
僕としては、こうした研究を仮に認めるとしても、「包括同意」を得て「連結不可能匿名化」した細胞を使うのではなく、とりあえずiPS細胞の樹立という「部分同意」を得て、「連結可能匿名化」した細胞を使い、生殖細胞への分化誘導などについてはあらためて同意を得る、というほうが誠実だと思う。
後者については、『毎日新聞』でいいだろう。
〔略〕iPS細胞からは心臓や神経などの細胞が作られているが、正常に機能する臓器を作ったのは世界初。この方法を応用すれば、動物の体でヒトの臓器を作り、臓器移植に利用できる可能性がある。〔略〕
http://mainichi.jp/select/science/news/20100903ddm001040043000c.html
受精卵の性質が、注入したiPS細胞より優先されていると言え、この技術を応用すれば、ブタなどの体内でのヒトの臓器作成が現実性を帯びてくる。
http://mainichi.jp/select/science/news/20100903ddm002040061000c.html
しかし、ヒトiPS細胞ではキメラを作る能力が見つかっていない。また、ヒトで応用するには目的の臓器以外にならないよう厳密な制御も求められる。
クローン規制法に基づく指針は、動物とヒトの細胞が混じった細胞を子宮に戻すことを禁止する。研究責任者の中内啓光東大教授は「ヒトの臓器を作ることにはさまざまな意見があるだろう。議論を深めていきたい」と話す。
こちらも同様のことがいえるだろう。「由来者」はどこまで把握しているのか?
もちろん、将来的には患者自身の体細胞を使うだろうから、同意の問題はそこまでに至る実験段階で顕著かもしれない。
ちなみにこうした僕の意見は、残念ながら僕のオリジナルではなく、すでに似たような見解は表明されている。
Obtaining Consent for Future Research with Induced Pluripotent Cells: Opportunities and Challenges
http://www.plosbiology.org/article/info:doi/10.1371/journal.pbio.1000042
iPS Cells: Mapping the Policy Issues
http://www.cell.com/retrieve/pii/S0092867409014974
なお僕は、脳死者からの臓器摘出を避けられるのであれば、幹細胞技術も悪くないと思っている。
いうまでもなく、かなりたくさんの条件付きだけど。