『ウォール・ストリート』

 近所のシネコンで、『ウォール・ストリート』を観る。いわずと知れたオリバー・ストーンの名作『ウォール街』の続編。邦題がひどすぎる。それはともかくとして、なかなか面白かった。
 前作『ウォール街』では、ゴードン・ゲッコーはあくまでも悪として描かれていたはずである。しかし観客の中にはゲッコーを称賛した者も少なくなく、『ウォール街』を観て、金融界をめざした者もいたという。リーマン・ショックの直後、僕がリハビリでT市に滞在していたときに観たNHKのドキュメンタリー番組では、『ウォール街』を観て投資家になったというロシア人が紹介されていた。カネにふりまわされる姿は、僕には憐れに見えた。(そういえば、『ウォール・ストリート』の予告編で使われていた音楽は、ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」かな?)
 そうしたことをオリバー・ストーンらはねらっていたのだろか? 予想していたのだろうか? 僕にはもちろんわからないが、少なくとも映画自体はゲッコーに代表されるような強欲な金融家たちを批判的に描いたように見えた。ところが世界の資本主義、というか、拝金主義はその後、より強さを増した。少なくとも2008年までは……。
ウォール・ストリート』の舞台はその2008年。ゲッコーが金融界にカムバックする様子が描かれるのだが、過去のゲッコーがかわいく見えるほど、金融界はより強欲になった。この映画に登場する人物のうち多くはカネのことしか考えていない人たちだ。
 そういう人物描写は、最近のアメリカ映画では珍しくない。たぶん現実のアメリカがそうだからだろう。少しまともに見えたのは、ゲッコーの娘で、主人公の恋人の女性ぐらいだ(父親を嫌っているにもかかわらず金融業界の男と恋人になるのは不自然に見えなくもない)。彼女は、はっきりとは描かれないが、リベラルな論調のウェブサイトの運営を仕事にしているらしい。ちらりと見えたそのサイトのモデルは……「ハフィントンポスト」かな? 
 当のゲッコーはあいかわらずのやり手ぶりを見せるのだが、その一方で、今回は人間臭さも出している。前作よりは複雑で、味わいのあるキャラクターになった。ついでながら、ちょっとネタバレしてしまうと、前作でゲッコーをムショ送りにしたバド(チャーリー・シーン)がカメオ出演している。
 秀逸。僕に金融や経済の知識があったらもっと楽しめただろう。(僕の経済オンチもなんとかしないと……。)
 そういえば金融恐慌をテーマにした『Inside Job』というドキュメンタリー映画アメリカで話題になったらしいが、これも観てみたい。