『田中さんはラジオ体操をしない』など

午後、新橋のTCC試写室で、『田中さんはラジオ体操をしない』 というドキュメンタリー映画の試写を観る。「田中さん」というのは30年前に、勤めていた会社から解雇されて以来、毎日、その会社の前でギター弾き語りによる抗議を続けている人の名前である。
僕はかなり前からこの人の存在を知っているはずだが、正確な時期と媒体は覚えていない。『朝日新聞』で紹介されたのを読んだ記憶もあるが、その時点ですでに知っていたと思う。映像制作グループ「ビデオプレス」の作品『人らしく生きよう国労冬物語』のエンディングテーマを歌っていたのはこの人だ。
この映画は、インターネットを通じて田中氏の活動を知ったオーストラリアの女性映画監督が日本にやってきて、田中氏やその仲間の活動を記録したもの。各国の映画祭で高く評価されたほか、テレビでも放映されたらしい。この作品が日本の劇場で公開されるのは、なんだか“逆輸入”みたいだ。もちろん面白かった。不服従を示す人間は素晴らしいし、映画はその素晴らしさを明晰に、かつユーモア豊かに伝えている。ただ自分があのように生きられるか、と自問してみると、正直いってキツい。


渋谷に移動して、映画美学校の試写室で『家族X』の試写を観る。こちらはフィクション。ごくありふれた家族の、ごくありふれた壊れっぷりをリアルに描いた作品。制作者にその意図があるかどうかはわからないが、フィクションなのにドキュメンタリーに見える、というか、そこらの家族をただそのまま撮っただけのようにも見える。
主演が南果歩のせいもあるかもしれないが、どうしても昨年末に観た『海炭市叙景』を思い出してしまう。『海炭市叙景』は、原作の小説では舞台が1980年代だったが、映画では現代に変更されていた。僕は映画を観てから原作を読んだのだが、制作者たちの意図は正解だと思った。そして『家族X』は、『海炭市叙景』の舞台をそのまま東京近郊の住宅街に移しただけのように見えなくもない。映画は、バラバラの家族3人の孤独をリアルに描き、唐突に終わる。ラストシーンは一抹の希望に見えなくもないが、基本的に救いはない。それも『海炭市叙景』と同じだ。正直いって、観ていて途中で辛くなってしまった。もちろん映画の質が低いといっているわけではない。
映画は、人々に夢や希望を与えるべきか、それとも世界や社会をリアルに描くべきか――。いろいろな意見があると思うが、この作品は後者を選んでいるだけだろう。


試写を2本観た後、もう1本ぐらい自分のお金で観ようかとも思ったが、疲れたのでやめた。ブックファーストにだけ立ち寄ってから帰室。ブックファーストで『科学』をやっと見つけて購入することができた。3.11以降、原発事故について解説し続けている後藤政志氏(元原発設計者)が寄稿している。後藤氏は、ペンネームで科学史について書いてきた人らしいが、本名での寄稿はこれが初めてだろうか? いや、僕が見落としている可能性のほうが高い。いずれにせよ、僕がこの号を買ったのは、後藤氏の論考を読んでみたいと思ったからである。もちろんほかの記事も興味深そう。勉強させてもらおう。