犯罪の社会的要因

 秋葉原事件の影響で、犯罪の要因を個人に求めるのではなく、社会に向ける傾向が生じているようです。この事件は確かに痛ましい悲劇だったのですが、人々の関心が「心の闇」から「社会の明るみ」へと移っていることには、溜飲が下がります。
 警察庁のまとめで刑法犯が6年連続で減っていることがわかったというニュースは、各媒体で報じられました。同じ発表をもとにしていても、11日付『朝日新聞asahi.com)』は「殺人事件、上半期649件 前年比1割増」と、同日付『産経新聞(産経ニュース)』は「上半期の刑法犯6年連続減少 振り込め詐欺は蔓延」と見出しを付けています。内容はあまり変わらないのですが、見出しの印象は正反対ですね。ここでは後者を引用しておきます。

上半期の刑法犯6年連続減少 振り込め詐欺は蔓延
2008.7.11 07:49

 今年上半期(1〜6月)に全国の警察が認知した刑法犯は、昨年同期に比べ5・0%減の87万9208件で、上半期では6年連続の減少となったことが10日、警察庁のまとめで分かった。大半の罪種で減少傾向だったが、2年連続で減っていた知能犯は6・9%の増加に転じた。なかでも詐欺は3万4314件で昨年同期比5・1%の増で、振り込め詐欺の増加が詐欺全体の認知件数を押し上げたとみられる。
 知能犯のうち、最も多かった罪種は文書偽造で、38・0%増の2343件と、すべての罪種のうち最大の伸びとなった。
 警察庁は「振り込め詐欺に使われる携帯電話の取得や偽名口座の開設に偽造された免許証や公文書が悪用されているケースが多いのではないか」とみている。
 一方、全体の約75%を占める窃盗犯は4・6%減の65万7230件で、上半期の統計を始めた平成元年(昭和64年を含む)以降の20年間で最少となった。
 警察が「体感治安」の指標のひとつとしている街頭犯罪では、ひったくりが前年同期比25・8%減の8879件、自動車窃盗も11・6%減の1万3909件となった。
 凶悪犯は4200件で8・8%の減少となったが、殺人(未遂も含む)は10・8増の649件となり昨年までの4年連続の減少から増加。通り魔は5件で昨年より2件増えた。

 そんなこと当たり前でしょ、と思ったあなた。その通りです。当たり前の大前提です。しかし世の中には、鬼の首を取ったように、マスコミは犯罪の増加を煽っているが、実際には減っている!(大意)と叫び続けている人もいるようなので、こうした大前提を繰り返すことも重要だと僕は思います。もちろん、犯罪の恐怖を煽っている人たちに煽られないためにも。
 ちなみに日本は、国際的に見ても、犯罪に遭う可能性の低い社会です。これもほぼ常識だと思いますが(たとえば「社会実情データ図録」の「犯罪率の国際比較」など)。
 しかし、少ないなら少ないなりに犯罪を減らす努力は必要でしょうし、そのヒントとなる情報がほしいところです。
 少し古い情報ですが、一般的に「ホワイトホール研究」と呼ばれている有名な調査があります。「ホワイトホール」というのはようするに官公庁のことで、イギリス版の霞ヶ関です。そこで働く公務員たちの健康状態と、彼らの健康にかかわるさままな因子との関係を探った調査です。その第1回目「ホワイトホールI」を見てみましょう。対象者は40歳から69歳までの男性1万9019人です。調査期間は1967年から1970年です。古いうえ、対象も狭く、問題がないとはいえないのですが、それでも重要なポイントが見えてきます。
 この調査は、対象者らを「管理職Administors」、「専門職Professional/管理職Exective」、「事務職Clerical」、「そのほかOther」に分けて、その10年間の死亡率とその理由を分析しています。「Administors」と「Exective」の区別がいまいちわかりません。また、「そのほか」はいわゆる現場労働者だと思われます。所得や社会的地位の順序はおおむね、管理職>専門職/管理職>事務職>そのほか、でしょう。
 その結果を見ると、ありとあらゆる病気で、その発症率との相関が見られます。つまり所得や社会的地位が低いほど、病気にかかって亡くなりやすい。
 ここで注目したいのは、病気だけでなく、「事故や他殺」や「自殺」とも相関が見られるということです。「事故や他殺」に遭って亡くなった人は、「管理職」では0パーセント(0人)ですが、「そのほか」では0.25パーセント(4人)です。「自殺」は、「管理職」では0.1パーセント(1人)ですが、「そのほか」では0.25パーセント(4人)です。
 なお「すべての原因」を総合すると、「管理職」では4.7パーセント(41人)、「そのほか」では15.6パーセント(326人)。その差は3倍です。つまり所得や社会地位が低ければ低いほど死にやすく、その理由は病気とは限らず、他殺や自殺も含まれる、ということです(Grace Budrys, Unequal Health, Rowman & Littleefield, 2003, p.172-174)。
 この調査は、「公務員」という比較的手堅い職についている人だけを対象としたものだということも重要です。ということは……。
 また、さらに注目すべきことは、さまざまな国や州について、人口あたりの他殺数とジニ係数(所得や資産の分配の不平等を測る単位)とを調べてみると、やはり、ジニ係数の低い、つまり格差の小さい平等な社会ほど、人口あたりの他殺も少ないことが見出されています(Richard Wilkinson, The Impact of Inequality, The new press, 2005, p.47-51)。実は、僕自身はこちらのほうが重要だと思っています。いずれ詳しく触れることになるでしょう。
 広く読まれている浜井浩一芹沢一也共著『犯罪不安社会』(光文社新書、2006年)でも、元刑務官の浜井氏が次のような調査を紹介しています。

 彼〔フィンランドの研究者タピオ・ラッピ・セッパラ〕は、殺人などの犯罪指標に加えて、ジニ係数(所得格差を示す統計指標)、GDPに占める社会保障費の割合、人や刑事司法に対する信頼等と刑務所人口との相関関係を比較検討した結果、所得格差が少なく、社会保障費の割合が高く、人や社会に信頼感を持っている国ほど、刑務所人口が少ないという結論を見出したのである。(221〜222頁)

 では、日本の刑務所はどのような様子なのか。すでに浜井浩一氏や山本譲司氏の著作で周知のことですが、最近では、3日付『朝日新聞asahi.com)』が写真入りでリアルに伝えています。あえてテキストは引用しませんので、リンクをたどってみてください(市川美亜子「刑務所、進む高齢化 居場所求め「出戻り」も」、『朝日新聞(asahi.com)』、2008年7月3日)。
 こういう記事は、できるだけ長くウェブ上にアップしておいてほしいものです。08.7.13

Unequal Health: How Inequality Contributes to Health or Illness

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The Impact of Inequality: How to Make Sick Societies Healthier

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犯罪不安社会 誰もが「不審者」? (光文社新書)

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