いまさらながら「遺伝子」について(書評のためのメモ)
ある本の書評のために、いろいろと考えてさせられている。
いまさらながら、「遺伝子」とは何だろう、というような問いを僕が発したら、笑われる、もしくはあきれられるだろうか。あるいは、遺伝子は何をしているのか、と。
手元にある『広辞苑(第5版、電子版)』を引くと、次のように書かれている。
(gene)生物の個々の遺伝形質を発現させるもとになる、デオキシリボ核酸(DNA)、一部のウイルスではリボ核酸(RNA)の分子の領域。ひとつの遺伝子の塩基配列がひとつの蛋白質やリボ核酸の一次構造を指令する。遺伝子産物や遺伝子間の相互作用が形質発現を調節する。遺伝子は生殖細胞を通じて親から子へ伝えられる。
とりあえず、「DNAという分子のある領域」であることいいうことがわかる。
一方、『生物学辞典第4版』では、同義語として「遺伝因子(genetic factor)」がある、と説明されている。「(分子の)ある領域」と「因子」では、無視できない差異があるように思われる。同時点では、そのことを踏まえたうえで、以下のように説明している。
遺伝形質を規定する因子。〔略〕遺伝子は自己増殖し(→複製)、細胞世代、個体世代を通じて親から子へと継代的に正確に受けつがれ、形質発現に対する遺伝情報を伝達する。各々の遺伝子は互いに独立の単位であるが、物理的に独立して存在しているのではなく、染色体上にそれぞれ固有の位置を占め、一般には線上に配列して連鎖群を形成している。〔略〕遺伝子の本体はDNA(一部のウイルスではRNA)であり、そのヌクレオチド配列の特異性によって個々の遺伝子が規定される。すなわち遺伝子とは核酸分子上のある長さを持った特定の領域(ドメイン domain)をさすことになる。たとえばある蛋白質に対する遺伝子とはその蛋白質の一次構造(アミノ酸配列)に対応するヌクレオチド配列をさし、翻訳の際の開始点と終止点とにはさまれば部分をいう(→蛋白質生合成)。その長さは、アミノ酸1個に、連続する3個のヌクレオチドが対応するため(→遺伝暗号)、蛋白質の分子量に応じて通常数百〜数千ヌクレオチド程度のものである。
では、ヒトはいくつの遺伝子を持っているのだろうか。少し前までは10万ぐらいだと推測されていたはずだが、2001年にヒトゲノムの塩基配列の概要が公表されたときには3万ぐらいだとわかった。しかし、国際コンソーシアムが最終的な塩基配列の決定を公表したときには、タンパク質をコードしている遺伝子の数は「2万から2万5000ぐらい」だとわかったという(たとえばLincoln D. Stein, "Human genome: End of the beginning", Nature 431, 915-916 (21 October 2004) | doi:10.1038/431915a; Published online 20 October 2004など)。だんだん減っているように見える。
遺伝子組み換え食品から遺伝子診断まで、遺伝子にかかわる技術を批判する人々----僕も含まれるかもしれない----が、いわゆる「遺伝子決定論」にとらわれてしまっているように見え、その一方で、そうした技術の開発者(研究者)たちのほうがむしろ、その現実的な困難さに気づき始めてように見えるときがある(きわめて誠実な後者の代表として、福岡伸一『生物と無生物のあいだ』、講談社現代新書、2007年など)。
今回の書評の対象本は、そうした複雑で倒錯した状況の分析に役立つ……か。08.7.12
- 作者: 八杉龍一,小関治男,古谷雅樹,日高敏隆
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1996/03/21
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- 作者: 福岡伸一
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