卵子の姿----商品、贈り物、それとも共有物?

 またもや不覚にもYYjこと山下君の日記で知ったのだが、アメリカでは、景気の低迷によって商業的卵子バンクへの提供の申し出が増えているらしい。

2008.08.18 Web posted at: 09:20 JST Updated - CNN
サイエンス
卵子提供の申し出が急増、経済低迷が原因か 米国

ニューヨーク(CNN) 米国の不妊治療専門医らによると、卵子の提供を希望する女性からの申し出や問い合わせが最近、増加する傾向にある。提供者には、50万‐100万円余りの報酬が支払われるのが一般的。希望者急増の背景には、米経済の低迷が家計を圧迫している事情があるとの見方が強い。〔後略〕

 一方、日本では、複数の不妊クリニックが知人からの卵子提供を認めるという。

知人からの卵子提供 国内7施設が容認
2008.8.5 08:26

 全国21の民間不妊治療施設でつくる「日本生殖補助医療標準化機関(JISART)」は、日本産科婦人科学会が「現時点では実施すべきでない」としている、友人などから提供された卵子を使う体外受精を容認する独自指針をまとめ、計7施設で進めることを決めた。
 すでにうち2施設で病気で妻の卵子が使えない2組の夫婦に対し、友人や姉妹から卵子提供を受けて実施。いずれも妊娠して今秋に出産予定だという。
 独自指針によると、7施設からの申請を同団体の倫理委員会が審査。匿名の卵子提供が受けられる望みがなく、生まれる子の福祉に反しないと判断されれば、実施を認めるという。
 同団体理事長、高橋克彦広島HARTクリニック院長は「国内で匿名の提供者を探すのは無理がある。是非を論じるにもデータ収集は不可欠だ」と話している。

 また日本では、「卵子バンク」の設立が検討されている。

卵子バンク設立へ
不妊治療に21医療施設
国は静観の構え

 全国21か所の民間不妊クリニックで作る「日本生殖補助医療標準化機関」(高橋克彦理事長)が、不妊治療を求める夫婦のために卵子を無償提供する女性を登録する「卵子バンク」を設立することを決めた。年内に、卵子を提供するボランティアの募集を開始する予定だ。卵子バンクの創設は国内で初めて。〔後略〕

 それぞれのニュースにおいて、卵子は異なったものに見える。最初のニュースでは「商品commodity」に、2番目のニュースでは「贈り物gift」に、3番目のニュースでは「共有物commons」に。
 私見では、卵子に限らず、人体の「商品」化は強く非難され続け、「贈り物」化と「共有物」化は、どちらも限界を指摘されつつも進められている。(しかし「贈り物」は、匿名化されると、「共有物」との区別がわかりにくい。)最近では、「共有物」化がより進んでいるようにも思われる。
 生物学的には同じ存在であるはずのものが異なって見えること自体が興味深いのだが、やっかいなことは、実際には同じ女性から採取した、同じ卵子が同時に複数の姿を見せることがしばしばあることだ。
 イギリスの社会学者キャサリン・ワルドビーとロバート・ミッチェルも、共著書『組織経済』で、次のように述べている。

 贈り物と商品は、生物医療的な共有物〔バイオメディカル・コモンズ〕をめぐる議論のなかで、混乱したものとなってきた。というのは、この贈り物と共有物〔コモンズ〕は、商品と資本制生産へと伝統的に接続された機能を果たすよう要請されてきたからだ。すなわち、生-価値〔バイオバリュー〕の生産、である。(Catherine Waldby, Robert Mitchell, Tissue Economies, Duke Univercity Press, 2006, p.158)

 韓国の「ファン・ウソク事件」でも、表面的には「贈り物」もしくは「共有物」のように見えた卵子が、実際には「商品」であったケースもあるし、また提供者が金銭を受け取らなかったケースでも、その背景に、資本制社会の権力関係があるのは明らかだ(粥川および洪賢秀さんの諸論考を参照)。
 そうした現実社会のなかで、ファン・ウソク事件のような悲劇を教訓にしつつ、最適なシステムをつくるのは可能なのだろうか。
 ちなみに今日は映画の日。ほんとうは都内に出てミニシアターをはしごするのが、いちばん“経済的”なのだが、そのような気分にはなれないので、自室でおとなしく仕事をしている。でも夜、近所のシネコンで1本だけ観る予定。『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』を。08.9.1

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