“離婚遺伝子”?

“離婚遺伝子”が見つかったという。“”というカッコがついているだけマシだが……。

男性の“離婚遺伝子”発見、「破たん」か「危機」が2倍

 【ワシントン=増満浩志】男性の結婚生活の成否に影響を与える遺伝子が、スウェーデンカロリンスカ研究所などの研究で見つかった。
 この遺伝子には様々な型があり、うち1種類を持つ男性は、結婚が危機にひんした経験のある人が多かった。この成果は、近く米科学アカデミー紀要に発表される。
 この遺伝子「AVPR1A」は、バソプレッシンというホルモンを脳内で受け止める物質をつくる。
 スウェーデンで成人約2000人について調べた結果、この遺伝子が「334」という型の男性は、妻に不満を持たれている割合が高く、過去1年間に離婚など結婚生活が破たんしたか、その恐れのあった人の割合が、他の型の男性の2倍以上だった。女性は遺伝子型の影響がみられなかった。
(2008年9月2日14時26分 読売新聞)

『メディカルバイオ』9月号の『遺伝子には何ができないか』(レニー・モス著、青灯社)の書評でも書いたが、1990年代前半、ある科学者らが「MAO-a欠損」の原因となる遺伝子(モスのいう遺伝子D、いわゆる遺伝子型)を「攻撃性遺伝子」(同遺伝子P、いわゆる表現型)と表現したことを、ドイツの遺伝学者が、社会の価値観を遺伝学の知見にすべり込ませるべきでない、と激しく非難したことがある(市野川容孝「社会学と生物学」、『現代思想』2007年11月臨時増刊「総特集 マックス・ウェーバー」、157〜173頁など)。市野川さんによれば、同型の議論は、1910年にフランクフルトで開催された第1回ドイツ社会学者会議にもあったという(同前、また同「優生学社会学」、『生物学史研究』第77号、2006年、5〜15頁も参照)。また最近の、ジェームズ・ワトソンの失言(差別発言)による失脚についても、市野川さんは「争点は同じ」だという。
 なおこのニュースは英語圏のメディアでも山のように流されているが、たとえば『デイリーメール』では「love-rat gene(愛の裏切り遺伝子?)」、『テレグラフ』では『読売新聞(YOMIURI ON LINE)』と同じく「divorce gene」と表現されている。
 
The love-rat gene: Why some men are born to cause trouble and strife

'Divorce gene' linked to relationship troubles


 このニュースの情報源となった論文では、少なくともアブストラクト(要約)では、そのような表現はなされていない。


Genetic variation in the vasopressin receptor 1a gene (AVPR1A) associates with pair-bonding behavior in humans


 また、前述の『デイリーメール』は、研究者自身の「この遺伝子は〔離婚や裏切りの〕過程の一部にすぎません。幸福な結婚には、多くのさまざまな構成要素があります」というコメントを載せている。
 読者、一般市民の注目を集めたいという気持ちはわかるのだが、マスコミも研究機関も、冷静な議論の進展を妨げるような表現は、できればやめてほしい。あくまでも自戒を込めてであるが。08.9.4

Medical Bio (メディカルバイオ) 2008年 09月号 [雑誌]

Medical Bio (メディカルバイオ) 2008年 09月号 [雑誌]

遺伝子には何ができないか

遺伝子には何ができないか

現代思想2007年11月臨時増刊号 総特集=マックス・ウェーバー

現代思想2007年11月臨時増刊号 総特集=マックス・ウェーバー