「廃棄物」と生-経済

 ややタイミングが悪いが……。

親知らずから iPS細胞
産業技術総合研究所が作製に成功

 「親知らず」の歯の細胞から、様々な細胞に変化する新型万能細胞(iPS細胞)を作製することに、産業技術総合研究所の大串始・主幹研究員らが成功した。
 東京大学で21日開かれたシンポジウムで発表した。歯科医院などで抜いた親知らずを集めてiPS細胞の種類を増やせば、拒絶反応のない再生医療への応用が近づくと期待される。
 大串研究員らは、日本人の女児(10)から抜いた親知らずの歯の細胞に、世界で初めてiPS細胞を作った京都大の山中伸弥教授が用いた3種類の遺伝子を組み入れた。約35日間培養したところ、高い増殖能力を持つiPS細胞が出現。様々な種類の細胞に変化できる能力も確認した。
(2008年8月22日 読売新聞)

「廃棄物」もまた、英語圏社会学者のいう「生-経済」(ニコラス・ローズ)や「組織経済」(キャサリン・ワルドビーら)に組み込まれる。
 ここではワルドビーらの見解を見てみよう。

「廃棄物」組織----(人工皮膚の製造に使われる)小児の包皮の病院による販売や廃棄された胎児性腺(幹細胞のもと)から研究素材としての感染細胞の株の特許化まで----のリサイクルと変容は、現代の組織経済の中心的動力である。〔中略〕廃棄物という概念は、どんな形態の経済において、また価値の理論において、中心的な役割を果たす。どんな経済も、それが有益であり続けるのならば、そのシステムの内部において廃棄物として現れるものを取り扱わざるを得ない。〔中略〕ある文脈においてはまさに価値の反対のものとして現れている廃棄素材は、別の文脈における価値の重要段階の生産の出発点になるのだ。それゆえ、経済の成功形態のすべての根本的な動きの1つは、有益でない文脈から有益な文脈への、廃棄対象の循環である。(Catherine Waldby, Robert Mitchell, Tissue Economies, Duke Univercity Press, 2006, p.83-84)

 ワルドビーらによれば、その組織の価値----生-価値〔バイオバリュー〕?----は、その「存在論的な重要性ontological significance」の有無によって左右されるという。

〔前略〕こうした2つの組織〔献血、胚〕には、重要な存在論的重要性が吹き込まれている----前者はドナー〔提供者〕の愛他主義と市民的立場を示し、後者は人の生命の始まりを示す。この理由によって、そのどちらも複雑な形態の規制に囲まれ、提供の時点での市場から広く循環され続ける。たとえそれらが最終的にはさまざまなかたちで商品化されるとしても。一般的に言って、ヒト組織は、それらが存在論的な重要性を失うにつれて、廃棄物として分類される傾向にあるようだ。私たちが身体の統合性や機能にとって重要だとみなす組織----臓器、血液、皮膚、四肢----は、存在論的な重要性を強く備えており、その喪失はその主体にとって破滅である。日常的に身体から抜け落ちたり、排泄されたりする組織----切り取った毛やツメ、鼻汁、唾液、膿、皮膚の断片、尿、糞、汗----は、存在論的に中立であるか(切り取った毛)、もしくは存在論的に不快(尿、糞、膿)、つまり自己の価値の反対である。(ibid., p.84)

 そして廃棄された組織は、医療現場からも生じる。

 臨床での治療や環境は、廃棄組織のもう1つの秩序を生産する。病院やクリニックは診断検査のために日常的にヒト組織サンプルを取り、医師は手術のさい、病気の、もしくは過多の組織を切除する。〔中略〕それ〔組織〕は単なる廃棄物である。インフォームド・コンセントという行為を通じた他者への提供というより病院への廃棄、ということで。それゆえ廃棄物もしくは廃棄された組織は、贈り物としての組織と商品としての組織とのあいだで、第3の用語となる。〔後略〕(ibid., p.85)

「親知らず」は、さしあたり、その範疇に含まれるのだろう。
 そしてそれも生-政治(と生-経済)に組み込まれる。

 いちどみごと廃棄物とみなされた組織は、今日では、遺伝情報の状態、遺伝的プライバシーの権利、インフォームド・コンセントによってドナーに支えられたある種の保護を取り囲む、生-政治〔バイオポリティクス〕のなかに捉えられる。廃棄物あるいは廃棄された組織を構成するものの周囲の社会的同意は壊れており、その結果、廃棄組織の回復という経済は、より複雑で論争的になっている。(ibid., p.86)

 複雑ではあるが、バンク化して「共有物commons」にするうえでは、「親知らず」からのiPS細胞は、ES細胞などほど論争的にはならないのではなかろうか。
 余談だが、僕の名前が初めて記された単行本は、『有毒ゴミの国際ビジネス』(ビル・モイヤーズ編、技術と人間)という翻訳書(山口剛との共訳)だったりする。08.9.10

Tissue Economies: Blood, Organs, And Cell Lines in Late Capitalism (Science And Cultural Theory)

Tissue Economies: Blood, Organs, And Cell Lines in Late Capitalism (Science And Cultural Theory)

有毒ゴミの国際ビジネス

有毒ゴミの国際ビジネス