幹細胞とバイオユートピア

 iPS細胞の研究計画、その成果などが相次いで報じられています。

ダウン症 iPS細胞で解明へ──阪大で計画承認 11月にも着手
2008/10/16配信

 大阪大の大薗恵一教授らのグループは、新型万能細胞(iPS細胞)を使い、ダウン症の発症の仕組みなどを詳しく調べる研究を11月にも始める。阪大の倫理委員会が15日、研究計画を承認した。ダウン症児が生まれる際に提供を受けた胎盤や臍帯(さいたい)などからiPS細胞を作り、脳神経などに成長させて研究する。将来、症状の軽減などに役立てたい考えだ。
 iPS細胞は事故や病気で失われた組織や臓器を再生する治療だけでなく、様々な病気の原因解明にも役立つと期待されている。
 阪大グループはまず、出生前にダウン症と診断されて新生児が生まれる際、母親の承諾を得て胎盤や臍帯などを提供してもらう。それを使ってiPS細胞を作製し、さらに脳の神経細胞などに成長させる。同様に、ダウン症ではない新生児の胎盤などからもiPS細胞や神経細胞を作製する。
 これらを比べ、形や機能、遺伝子レベルでの差がないかどうか詳しく研究する。ダウン症児とそうではない人のそれぞれ10人から提供してもらう予定で研究期間は5年。

 先日、出世前診断が普及しているはずのイギリスでもダウン症児が増えている、というニュースを紹介しましたが、これと合わせて読むと興味深いです。
 
イングランドで増えるダウン症 余命は延び成果も上げる
 
 iPS細胞やES細胞、あるいは再生医療の発展は、優生思想/学/主義/意識を助長するのか-----僕は、その可能性はある、という考えを書いたことがあります。つまり、iPS細胞にせよES細胞にせよ普通の細胞にせよ、それが資源として要請されるときには、その「質」が求められることになるのではないか、と(『人体バイオテクノロジー』、宝島社新書、2001年、など)。
 しかし、逆の可能性も考えられるのでは、とも考えるようになりました。つまり、ゲノミクスにせよ幹細胞にせよ、そうした技術の成果として治療や症状の軽減に役立つものが生まれれば、たとえ先天障害が事前にわかっても、カップルは産むことを選択するのではないか、これまでは選択的中絶がなされていたケースにおいても、と。
 その一方で、現代社会では、優生思想が「悪」ではなくなってきているのでは、とも感じられることもあります。そもそも「eugenics」を日本語でどう呼ぶか、毎度悩まされますし、その定義も簡単ではなさそうです。
 英語圏のアカデミズムでは「ジェネティック・シティズンシップ(遺伝学的市民権)」あるいは「バイロジカル・シティズンシップ(生物学的市民権)」という現象が注目されています(たとえば、再三紹介してきたニコラス・ローズ『生そのものの政治』、プリンストン大学出版、2006年、など)。はたしてバイオロジカル・シティズンシップを前提とするバイオユートピアは、ほんとうに「ユートピア」なのか、それともユートピア文学と呼ばれる思考実験の大部分で示されたように、それは実は「ディストピア」なのか……。
 そのあたり、かなり慎重な考察が必要になりそうです。08.10.17

人体バイオテクノロジー (宝島社新書)

人体バイオテクノロジー (宝島社新書)

The Politics of Life Itself: Biomedicine, Power, and Subjectivity in the Twenty-first Century (In-formation)

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現代思想2008年7月号 特集=万能細胞 人は再生できるか

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