異種間での混ぜ合わせ、再び

 日本では、ヒトES細胞の研究指針に準じるかたちで、ヒトiPS細胞から精子卵子を分化させることは暫定的に禁止されているが、どちらも解禁に向かうらしい。

精子、卵子作成解禁へ=ヒトES、iPS細胞から−不妊治療など有益・文科省部会

 文部科学省の作業部会は17日、これまで研究指針などで禁止していたヒトの胚(はい)性幹(ES)細胞や人工多能性幹(iPS)細胞を精子卵子に分化させる研究について、生殖補助医療(不妊治療)や先天性難病の原因解明などに役立つとして、解禁する方向で検討することにした。次回11月27日以降の会合で結論を出す。
 ただし、分化させた精子卵子を受精させることについては、文科省厚生労働省の合同専門委員会の検討に委ねる。合同専門委では、精子卵子による体外受精卵(胚)を、不妊医療の研究目的に限り、胚を母胎に移植しないことを前提として認める方向で、研究指針の作成を検討している。(2008/10/17-23:52)

 ES細胞やiPS細胞から精子卵子を分化することは、理論的に可能であることは知っているが、マウスなど動物での基礎実験の蓄積はあるのだろうか。
 一方、海外ではヒトの幹細胞をブタの胎児に移植し、ヒトの免疫細胞をブタの体内につくらせることに成功したらしい。

ブタのなかで育つ、抗がんヒト免疫細胞
Cancer fighting human immune cells to be grown in pigs


リチャード・アレイン(科学特派員)
最終更新:午後6時1分英国標準時2008年10月15日


 がん患者らは、身体の自然防衛を強化するために彼らに再移植される前に取り除かれ、子ブタのなかで育てられた免疫細胞を得られるかもしれない、と新しい研究は主張する。


#がん患者は免疫細胞の移植後、回復する
#病気のブタが嚢胞性線維症の治療法を見つける手助けをする
#ヒト-ブタのハイブリッド胚が承認される


 科学者らは長いあいだ、身体の外で成長させた、患者自身の抗がん細胞を患者に移植することによって、患者の免疫系を「ターボチャージ」するという展望に意気揚々としてきた。
 しかし免疫細胞すなわちT細胞のクローン過程は、2〜3の患者を除き、きわめて高価で困難である。
 今日、研究者らはブタがその答えを持ちうると考えている。彼らはみごと、発生中のブタの胎児にヒト細胞を注入し、それらが増殖し、そのブタが成長するにつれて成熟したことを見出した。
 その後、患者に移植され返されるであろう、この新しい幹細胞は、患者の疾患と戦う力を強化するために子ブタのなかで改変されうる、と専門家らは考えている。
 彼らは、この新しいシステムが、細胞移植免疫治療あるいはT細胞治療として知られる過程において、大きなブレークスルーを印づけうる、と言う。
『ニューサイエンティスト』で詳述された、この新しい研究は、アナーバーにあるミシガン大学のジェフリー・プラットJeffrey Platt によって実施された。
 ブタのなかでヒトの免疫系を成長させられるかどうかを見るために、プラット博士とその同僚らは、ヒトの臍帯血と骨髄から幹細胞を抽出し、それらを発生中のブタ胎児に注入した。
 胎児は成熟した免疫系を欠いているので、外来の組織を自分自身のものとして受け入れ、そしてその子ブタが生まれたときには、注入された細胞は増殖し、そのブタ自身の免疫細胞に応じて、幅広い範囲のヒトT細胞へと成熟した。
 チームはその次にそのT細胞を抽出することができた。彼らはそれらをヒトに再注入しなければならない一方で、彼らはそれらが活性状態にあり、そして安全かどうかを見るために検査した。
 研究者らはそのブタの血液からヒト細胞を分離し、その一部を、その細胞が胎児に注入されてきた人の普通の細胞と混ぜ合わせた〔意味不明瞭〕。
 その抽出された細胞は免疫攻撃を開始しなかった。このことは、それら〔抽出された細胞〕をそのドナーに移植することが可能であるに違いない、しかしそれらはほかの人々の細胞を攻撃する、ということを意味し、それらが機能していることを示す。
 プラット博士は、子ブタのなかで育った細胞はあまりに若く、それらは特定の疾患と戦うよう、さらに改変されうる、と考えている。
「もし私がHIVエイズウイルス〕を持っているならば、私は私の幹細胞をブタのなかに入れ、それらをHIVワクチンといっしょに免疫力をつけます」とプラット博士は言う。「あなたは、私の身体のなかでは得られない免疫力を、ブタのなかで得ることになるでしょう」
 プラット博士は、ブタのミニチュア種が細胞を培養するのに最も効率のよい方法になりうると考えており、現在、ヒトでのテストを許してもらえるよう、規制当局を説得したいと望んでいる。
 免疫治療は機能すると考えられている。というのは、通常、がんと効率的に戦うためには、患者の身体のなかにその細胞があまりに少ない、しかし、それらを促進することによって、自然な防衛力を促進するからだ。
 今日までに最も成功した利用においては、進行性の皮膚がんに苦しむ、あるアメリカ人患者が、この治療の後、完全な回復をなしえた。この患者では、疾患はすでにリンパ節や肺に拡がってさえいた。
 この新しいテクニックは、この疾患と戦う希望をもたらす。この疾患は毎年、イギリスで1万5000もの命を奪っている。(粥川準二仮訳)

 この報告の「初出」は『ニューサイエンティスト』であるらしい。というか、実は僕も『ニューサイエンティスト』のウェブサイトで同じ内容の記事を見つけたのだが、契約購読者以外にはブロックがかかっていて読むことができなかったため、ほかの媒体が取り上げていないか調べ直したところ、見つけたのが上記『テレグラフ』の記事である。『ニューサイエンティスト』は、世界最良の科学雑誌の1つだと僕は思っているが(といっても僕は日本語圏と英語圏のことしか知らないが)、「学術誌」ではない。『ネイチャー』や『サイエンス』とは、位置付けがまったく異なる。その雑誌で(初出媒体として)「詳述された」という研究は、いかがなものか。トンデモ実験の可能性はある。実際、『テレグラフ』以外の媒体はほとんど取り上げていない。


Human immune cells grown in pigs


 しかし、このような実験計画および仮説が存在するということは、知っておいて損はない。使われた「幹細胞」は、「臍帯血細胞」と「骨髄」だというが、ES細胞やiPS細胞でも同様のことは想定されている。ヒトES細胞やヒトiPS細胞を動物の胚や胎児に注入して「キメラ」をつくることは、英語圏では「もう1つの幹細胞論争the other stem cell debate」とまで呼ばれているらしい(Robert Streiffer, "Informed consent and federal funding for stem cell reserch", Hasting Center Report, May-June 2008, p.42)。


The Other Stem-Cell Debate


 前にも書いたが、それだけ人は、動物と混ぜ合わせられることに忌避感を持っているのだろう。アガンベンの「人類学機械」という概念を思い出さずにはいられない(『開かれ』岡田温司、多賀健太郎訳、平凡社、2004年、原著2002年)。08.10.18

開かれ―人間と動物

開かれ―人間と動物