ES細胞、ガイドライン、幹細胞ツーリズム

 京都大学の研究者が、新たにヒトES細胞を2株、樹立したらしい。『産経』が比較的詳しく伝えているが、『毎日』と『京都新聞』に興味深い記述がある。

 あらゆる組織に分化できる人の胚(はい)性幹細胞(ES細胞)を、京都大学再生医科学研究所の中辻憲夫教授(分子生物学)の研究チームが新たに2株樹立し、5日発表した。同チームは平成15年に3株の樹立に成功。増殖して国内約30の研究機関に配布しているが、再生医療など臨床応用を目指した研究を促進するために株数を増やした。〔後略〕(無署名(産経ニュース)「人の胚性幹細胞、新たに2株樹立 京大チーム」、『産経ニュース』2008年12月5日付)

〔前略〕倫理的な問題の審査などが煩雑で、今回は手続きに約3年かかった。今後は臨床応用できる株の作成を目指すが、元になる受精卵を確保できる見通しは立っていない。中辻教授は「ES細胞は人工多能性幹細胞(1PS細胞)よりリスクが低い。海外では数年後に臨床試験が始まるだろう。日本の規制の厳しさは異常だ」と話した。(朝日弘行「ES細胞:京大グループが新たに2株作成」、『毎日jp』2008年12月5日付)

〔前略〕中辻教授は「200個の受精卵の提供を受ける予定だったが、厳しすぎる手続きで10個にとどまり、実際に作製できるまでに3年かかった。現状では、国内で臨床応用に必要な数の細胞株をつくることは相当困難であり、(国などの)規制の見直しが必要ではないか」と話している。(無署名(京都新聞「ヒトES細胞、新たに2株樹立 京大・中辻教授グループ」、『京都新聞』2008年12月5日付)

 僕は2004年と2005年に、韓国のファン・ウソクらが数百個の「卵子」を使ったということを知って、その数字に驚いたことがある。その後、ファンらが提供を受けた卵子の数は1000個を超えていたことが発覚する(研究成果そのものが捏造であったことも)。
 中辻先生が言及しているのは「受精卵」、すなわち体外受精で生じたのだが使われなかった胚=余剰胚だが、もし研究者が受精卵を200個も簡単に入手できてしまうとしたら、そんな社会こそ「異常」ではなかろうか。
「日本の規制の厳しさは異常だ」と述べられているが、アメリカでは、研究者コミュニティ(全米科学アカデミー)が率先して厳しいガイドランをつくり、研究者らはそれにしたがい始めている(拙稿、『メディカルバイオ』2008年11月号、100頁など)。
 さらにはこの発表の前日には、国際幹細胞研究学会が、悪名高い「幹細胞ツーリズム」に対処するために、これまた厳しいガイドラインをつくった。

 ヒトの皮膚細胞から人工多能性幹(iPS)細胞が開発され、再生医療への期待が高まる一方、科学的根拠がないのにアルツハイマー病などの高額な幹細胞治療をうたう商売がインターネットで横行している事態を受け、国際幹細胞学会(ISSCR)の作業チームは幹細胞の臨床研究指針をまとめ、4日付の米科学誌セル・ステムセルで公表した。
 チームは、中内啓光東京大医科学研究所教授ら13カ国の研究者で構成。指針は、臨床研究の科学的、倫理的妥当性を審査する委員会を設け、被験者からインフォームドコンセント(十分な説明と同意)を得ることを基本として、病状が深刻なごく一部の患者に限り、革新的な医療の試みが容認される場合があることや、患者の選定は不公平がないよう配慮することなどを盛り込んでいる。(無署名(時事通信「国際学会が幹細胞臨床研究指針=再生医療の健全な発展を」、『時事通信』2008年12月4日付)

 日本語圏でこの動きを伝えたのは、2媒体だけか……。
 また同日、国際的な研究グループが「幹細胞ツーリズム」の現状をまとめた論文を発表したことを伝えた媒体は、日本語圏では、なさそうである。

ワシントン(ロイター)----世界中にあるゴロツキ・クリニックが、未承認の幹細胞治療を提供することによって、希望と無知を搾取しているだろう、と、幹細胞の専門家グループが水曜日に公表された報告で述べた。
「国際幹細胞研究学会」は、研究者と規制当局のためのガイドラインと、患者のためのガイドラインを公表した。それらはいくつかのクリニックを批判した。
「国際幹細胞研究学会は、安全であり、効果的であると認められる前に、世界中で売られている幹細胞治療について、とても懸念している」とガイドラインは述べる。〔後略〕(マギー・フォックス「「ゴロツキ」幹細胞クリニックが希望を搾取:報告」、『ロイター』2008年12月4日付、粥川準二仮訳)

 あいかわらず、情報ギャップを感じる。ご参考までに。08.12.6

Medical Bio (メディカルバイオ) 2008年 11月号 [雑誌]

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現代思想2008年7月号 特集=万能細胞 人は再生できるか

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