iPS細胞とクローン技術

 慶応大学の研究者が、iPS細胞での脊椎損傷の治療につながる成果を発表したとのことです。
 
ヒトiPS細胞で脊髄損傷治療 慶大、マウスで成功
http://www.asahi.com/science/update/0204/TKY200902040127.html
ヒトiPSで脊髄損傷改善…慶応大研究チーム
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20090204-OYT8T00596.htm
ヒトiPS細胞活用 慶大チーム、マウスの脊髄治療成功
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090204AT1G0400N04022009.html


 このニュースに隠されてしまっていますが、僕はこちらの報告のほうが気になります。

【2月3日 AFP】将来的に移植医療への応用が期待されている胚性幹細胞(ES細胞)を作る方法として、ウシなどの動物の卵母細胞にヒトの体細胞から採取した細胞核を入れる方法は有望ではないとする研究結果が2日、米科学誌『Cloning and Stem Cells』(クローニングと幹細胞)に掲載された。(無署名「動物の卵母細胞使ったヒトES細胞作成は望み薄、米研究」、『AFP BB News』2009年02月03日)
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2567195/3750287

 ヒトの卵子ではなく、動物の卵子(卵母細胞)を核移植の受け皿に使うというアイディアは、ヒトES細胞が報告され、「セラピューティック・クローニング」が提案されたころから同時に出されていました。「ハイブリット・クローン」と呼ばれることもあります。日本語圏ではいまいちですが、英語圏ではその実現性・安全性・倫理性についてかなり激しく議論されました。有望ではない、という1つの答えが出たということですね。
 この記事のなかで、クローンヒツジ「ドリー」で知られるイアン・ウィルムットが、

動物の卵母細胞を使って患者にあった幹細胞を作る方法が遠のいたことは残念だが、クローン胚とiPS細胞を使った方法のどちらが優れているか分からない現状では、両方の研究を続けるべきだ

 と発言しているようですが、ウィルムット自身は(僕が『現代思想』2008年7月号で紹介した通り)クローニングからの撤退を表明したはずです。
 
Dolly creator Prof Ian Wilmut shuns cloning
http://www.telegraph.co.uk/scienceandtechnology/science/sciencenews/3314696/Dolly-creator-Prof-Ian-Wilmut-shuns-cloning.html
iPS細胞とクローン技術
http://www.journalism.jp/kayukawa/2008/06/ips.html#more


 僕自身は、ヒトの卵子を使うよりはマシだが、やはり技術的な壁が大きく、また動物由来の要素との混ぜ合わせに抵抗を持つ人を説得するのは困難だろう、と思っています。いずれにせよ、専門家サイドからこういう見解が出てきたことはたいへん興味深いです。


Controversial hybrid embryos 'are no use to science' new research suggests
http://www.telegraph.co.uk/scienceandtechnology/science/sciencenews/4446595/Controversial-hybrid-embryos-are-no-use-to-science-new-research-suggests.html
Hybrid embryos fail to live up to stem-cell hopes
http://www.nature.com/news/2009/090203/full/457642b.html?s=news_rss
Research Breakthrough: Human Clones May Be Genetically Viable
http://blog.wired.com/wiredscience/2009/02/human-clones-ap.html