選挙前夜にて

明日はいよいよ投票日ですね。その前に少しだけ書いておきましょう。
民主党は、8月11日に公表したマニフェストの最終版で「不妊治療の医療保険への適用検討」を追加しました。

2子育て・教育

10.出産の経済的負担を軽減する
【政策目的】
○ほぼ自己負担なしに出産できるようにする。
【具体策】
○現在の出産一時金(2009年10月から42万円)を見直し、国からの助成を加え、出産時に55万円までの助成をおこなう。
不妊治療に関する情報提供、相談体制を強化するとともに、適応症と効果が明らかな治療には医療保険の適用を検討し、支援を拡充する。
【所要額】
2000億円程度

http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2009/txt/manifesto2009.txt

このテキストだけでは「不妊治療」の範囲がはっきりとしないのですが、おそらく、2004年度から始まった「特定不妊治療費助成事業」でいう「対象治療法」と同じでしょう。つまり体外受精と顕微授精で、人工授精や排卵誘発剤は対象外。もちろんタイミング指導なども。
その特定不妊治療助成ですが、支給件数が増えているそうです。

体外受精などの不妊治療を行った人に対する二〇〇八年度の公的助成の支給件数が前年度より二割増え、過去最多の約七万二千件に達し、支給額が約七十二億円に上ったことが二十九日、厚生労働省の調査で分かった。〔略〕民主党衆院選マニフェスト政権公約)で不妊治療への医療保険適用を検討するとしており、公的支援の拡充をめぐる議論が高まりそうだ。〔略〕不妊治療は、一部の薬物療法などは保険が適用されるが、体外受精の医療費は全額患者負担。成功して出産に至るのは約15%と低く、年に何度も治療する人も少なくない。〔略〕民主党案通り保険が適用されると、患者負担は治療費の三割に下がる。ただ、財源については同党内でも十分議論されておらず、遅れている患者数や治療費の実態把握も課題だ。(無署名(東京新聞)「不妊治療助成7万件突破 08年度適用外、なお半数以上」『東京新聞』2009年8月29日 夕刊)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2009082902000254.html

不妊治療」という言葉は、僕はあまり好きではないのですが、とりあえず使うことにしましょう。不妊治療には、いったいいくらかかるのでしょうか。
新しいデータではないのですが、小笠原信之さんが2005年に書いた『どう考える? 生殖医慮』(緑風出版)では、当事者団体「フィンレージの会」の調査結果が紹介されています(僕はフィンレージの会がまとめた報告書も持っているはずなのですが……とりあえず2次資料の引用でご了承ください)。

フィンレージの会の調査では、治療年数の平均は四・三年、最長一八年。通院施設数は平均二・七カ所、最多で一五カ所。体外受精、顕微授精は保険がきかず、一回当たり平均で三五万〜四五万円かかり、合計一〇〇万〜三〇〇万で、中には四〇〇万以上かかった人もいるそうです。しかし、さまざまな資料にあたると一〇〇〇万円を超える例もあるようです。(26頁)

おそらく10年ぐらい前の調査なので、いまとは違うかもしれません。いずれせよ安い額ではありません。保険適応がなされるようになれば、その費用はこうした数字の3割ほどになるわけです。
しかしながら、不妊治療の「負担」には、経済的なものだけではなく、身体的な負担や精神的な負担もあるはずです。しかもその負担のかかり方が、どうしてもジェンダー間で不平等にならざるを得えません……ということは、読者のみなさんは聞き飽きましたでしょうか(苦笑)。
国の特定不妊治療助成事業にせよ、民主党の保険適用の提案にせよ、それで軽減される可能性のある「負担」は、経済的な側面のみです。ほかの負担は残るはずです。
民主党マニフェストで評価できる部分があるとしたら、むしろ同じセンテンスの「ともに」以前の部分、「不妊治療に関する情報提供、相談体制を強化する……」でしょう。情報提供するためには、実態をしっかりと把握する必要があるはずです。きっちりとしたデータがなければ、提供できる情報も不可能でしょう。2003年には「生殖補助医療技術についての意識調査2003」がまとめられましたが、そろそろ更新されてもいいはずです。
民主党は「脱官僚」をキャッチコピーにしているようですが、生命倫理分野におけるこれまでの霞ヶ関依存体制は、新政権下で克服されるのでしょうか。
まあ、こうした小手先の制度などよりも、子どもをつくりたくなるように、社会全体を大きく細やかに整備することがまず第一だと思いますけどね。とりあえず以上、選挙前夜にて。09.8.29