北の街にて

 前にも書いたかもしれないが、僕は偶然を楽しむことにしている。
 朝、部屋を出て羽田に向かう途中の電車では、講義にそなえてちょっと気になることがあり、八代嘉美『iPS細胞』(平凡社新書)を部分的に読み返していた。すると電車のなかで、視界の左のほうに「再生医学」という文字が飛び込んでくる。隣に立っていた比較的若い女性が、横書きで再生医療について書かれた本を読んでいた。レイアウトは典型的な総説誌。中山書店から出ている『再生医学』のようだ。その人は、僕がいつも降りている医療の街で降りるのかな、と思っていたら、僕と同じくオタクの街で降りた。その後は知らない。僕は緑の電車とモノレールを乗り継いで羽田へ。
 飛行機のなかでは『翼の王国』を読んでいたのだが、福岡伸一氏がフェルメールについて連載していた。ただ感想を書くだけでなく、カメラマンといっしょにスコットランドの美術館を訪ねて、キュレーターとの対話を再現した、ルポのようなスタイルで書かれているものだった。いまどき、そんなバブル期のような企画もあるところにはあるんだなあ、とため息。しかも主に論じられていたのは、僕も十数年前にエジンバラで、そして昨年に上野で観た『マルタとマリア』である。そして『翼の王国』を編集している編プロは……。
 千歳から札幌まで、スイカを使って電車で。元ちとせは、南の島、奄美の出身だが、北の街への入り口を名前として持っているんだな、とふと気づく。
 札幌に着くと、すぐに、いるかホテル……ではなくて(しつこい?)、ホテルルートインへ。チェックインタイムには早かったので荷物だけ預けて、ロビーの端末でメールをチェックし、すぐに外へ。
 ヨドバシカメラ1階のラーメン屋で遅めの昼食。
「日本の古本屋」経由で何度も本を買ったことがある南陽堂書店へ。こういうところで、たとえば池澤夏樹(北海道出身)の文庫化されていない絶版作品とかを見つけたら、運命的で面白いのだが、残念ながらそういうものとは出合えなかった。2階は閉まっていた。店員が外出中だとか。それでいいのか、世の中、昆虫ブームらしいのに(笑)。
 北大の総合博物館では、とくに企画展は開催されていなかったので、常設展示をさくっと観た。
 食堂で時間調整してから理学部へ。
 CoSTEP(北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット)で講義するのは、2005年、2007年に続き、3度目である。スタッフによれば、外部講師のなかでは最も多いとか。そのスタッフも、だいぶ交替してきたようだが。今回のお題は「幹細胞技術と人体の資源化」。幹細胞技術の歴史をさっと振り返って、どのような論争を起こしてきたのかを話したのだが、準備してきた材料の半分も話さないうちに時間オーバー(笑)。そりゃそうだ。大学の講義では10回以上かけて話している内容を90分で話すなんて無理に決まっている。でも結構元気よく話せたような実感もある。それでよしとしよう。
 二次会では、「根室食堂」(?)という居酒屋で、いつものように歓待される。食べ物も美味しかったし、みなさんとの会話も楽しかった。CoSTEPではいつもほんとに楽しい経験をさせてもらっている。今年度は、文系の人が意外と多かったのだが、そのなかにHeLa細胞のことを知っている人がいた! 北大ぐらい大きな大学だと、ほんとにいろんな人がいるようだ。うれしいね。
 微妙な経験もした。映画や小説ではよくあるアレかな、とも思ったのだが、考えすぎということにしておこう。僕がもっと若かったら、たぶん勘違いして恥をかいていただろうが、僕はもう若くない。残念ながらね(苦笑)。
 ホテルに戻って、大浴場を満喫。この文章を書いている。明日(正確には今日)、関東に、そして日常に戻るつもりだが、台風で足止め喰ったりして。09.10.8