ダウン症と出生前診断

ダウン症出生前診断について、イギリスとアメリカで、少し印象の異なる調査結果が出たらしい。日本では、マスコミもブロガーも、この種の話題はあまり取り上げない。実は、僕も気が進まない。しかし、誰も触れないというのもおかしいと思うので、情報の紹介だけでもしておこう。
BBCとABCの記事をそのまま紹介する。誤訳があったらご指摘してほしい。

ダウン症妊娠の急増
Steep rise in Down's pregnancies


 ダウン症の妊娠数がこの20年間で70パーセント以上増加している、とロンドン大学の研究者らは言う。
 この急増は、より高齢の女性の妊娠の増加を反映している。高いリスクのあるときに。
 後に続く中絶の数とさらなる出生前診断の増加は、わずかに少ない子どもがダウン症で生まれていることを意味する。
 運動家たちは、この病態についての適切な教育が中絶を減らすだろう、と言う。
 イングランドウェールズでは、ダウン症の妊娠数は、1990年の1075診断から2008年の1843へと増加している。
 多数のダウン症妊娠にもかかわらず、ダウン症の赤ちゃんの数は752から743へと、1パーセント減少している。
 これは、高度な出生前スクリーニングによって、ダウン症の妊娠が見つかり、より多くの中絶がなされるからである。この調査によれば、この高度なスクリーニングがなければ、ダウン症の赤ちゃんの数は、48パーセント増加するだろう。

  • ダウン症。イギリスの医師ジョン・ダングドン・ダウンJohn Langdon Downが1866年にそれを同定した後、そう名づけられた遺伝性疾患
  • 学び、精神的に発達する能力を妨げる
  • イギリスではおよそ6万人がダウン症を患う


 ダウン症の赤ちゃんだと診断され、中絶を決意するカップルの割合は、コンスタントで92パーセントである、とクイーン・メリーQueen Maryの研究者らは言う。


高齢の母親


 ダウン症の赤ちゃんを産むリスクは、30歳の女性では、940分の1である。しかし40歳だと、そのリスクは85分の1に上がる。
 この調査を率いる、クイーンメリーの医療統計学教授ジョアン・モリスJoan Morrisはこう言う。「ここで私たちが見ているものは、ダウン症の妊娠の急増です。しかしこれは、スクリーニングの向上によって相殺されているのです」
「こうした向上がダウン症の出産数の減少を導いていると考えられます。しかしながら、出産年齢の上昇によって、それは起きていないのです」
 モリス教授は、ダウン症のスクリーニング検査は、この20年に渡って、ずっと広く利用可能になった、と言う。
 この報告は、『英国医師会雑誌(ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル)』で公表された。
 医師たちは、ナターシャとエディ・バサNatasha and Eddie Bathaに、いまでは3歳の彼らの娘ミアMiaが、この病態で産まれるのは170分の1だと話した。
 バサ氏は『BBCブレクファスト』に、ミアがダウン症であると知ったショックは、すぐに、この病態は自分たちが恐れていたほど悪いものではないという現実に変わった、と話した。


「もう1つの人間存在」


 彼は言う。「あなたは、それがあなたに起こりうる最悪のことであると思い込まされているのです」
「そしてあなたは、ほんの少し異なる、もう1つの人間存在に気づくのです」
「彼女は、ほんの少し世話がやけ、ものを拾うのが少し遅いだけです」
 彼の妻は、多くの人々がダウン症について間違った情報を与えられており、このことが高い中絶率に結び付いている、と彼女考えている。
 彼女は言う。「あなたは[妊娠のあいだ]検査を受けたので、もしそれが起きたら、それが恐ろしいことに違いないと考えます」
「適者選抜のための情報はありませんし、私は、これはそれを得るために本当に有用になりうるし、それとともに生活できるかどうかについて、たくさんの人々の決定に影響しているに違いないと思います。
 ダウン症候群協会のキャロル・ボーイズCarol Boysは、この中絶の数は、もし親たちがダウン症について適切に情報を与えられれば、減るだろう、と言う。
 彼女は言う。「私たちは、この検査が、より妊娠の初期段階において、正確なものになり続けるだろうと認識しています」
「それゆえ、スクリーニング過程を経験する家族が、非指示的なカウンセリングと、ダウン症についての正確で最新の情報を得ることが、より重要なのです」


Story from BBC NEWS:
http://news.bbc.co.uk/go/pr/fr/-/2/hi/health/8327228.stm


Published: 2009/10/27 10:46:09 GMT
公表:2009年10月27日 グリニッジ標準時 10時46分9秒 (粥川準二仮訳)

http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/8327228.stm

アメリカではダウン症の誕生が増加、CDCの報告
Down Syndrome Births Rise in U.S., CDC Reports
新しい調査は初期のデータと矛盾 専門家らは高齢出産の傾向を指摘
New Research Conflicts With Earlier Data; Experts Cite Older Mother Trend
スーザン・ドナルドソン・ジャームズ
By SUSAN DONALDSON JAMES


2009年12月1日
Dec. 1, 2009―


 アメリカでは、ダウン症で生まれる赤ちゃんの数がこの30年間で3分の1近く増えてきた。そうした妊娠を終わらせることを多くの女性が選んでいるにもかかわらず、と疾病予防対策センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)の新しいデータは示している。
 CDCの研究者らは、1979年から2003年にかけての増加はおそらく、より高齢の母親が出産するようになっているからだろう、と言う。ダウン症の発生率は、35歳以上の母親の妊娠では5倍以上になる。
ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』に掲載された2004年のある報告によれば、35歳から39歳の女性1000人あたりの初産の数は、1991年から2001年にかけて、36パーセント増加してきた。また、40歳から44歳の女性の比率は70パーセント増えている、と。
 サラ・ペイリン知事は昨年、44歳で息子トリグTrigを出産した。国立小児発達保健発育研究所National Institute of Child Health and Human Developmentのユーニス・ケネディ・シュライバーEunice Kennedy Shriverによれば、ダウン症の子どもを出産する可能性が35分の1のときである。
 世界中の出産傾向は、女性は子どもを産むまで長い時間を待っていること、出産年齢の上昇はダウン症の子どもを持つリスクの増加とかかわることを示している。
『小児科Pediatrics』12月号で、CDCのミキョン・シンMikyong Shinとその同僚は、ダウン症の発症率は、地域的、民族的、文化的に異なる10の州で、出産1万件あたり9児から11.8児へと跳ね上がっている、と報告した。
 この調査は、ダウン症の発症率の調べるための、初めての広範な人口ベースの模索である。これは、より優れた診断ツールと高い中絶率のためにダウン症の出産が減少していることを示した以前の調査と矛盾する。
 CDCの科学者たちは、次の数年で、これらの数字は上がるだろう、と言う。
 しかしボストン子ども病院の小児遺伝学者ブライアン・スコトコBrian Skotkoは、このCDCのデータは、ダウン症の出産数における減少を示す、以前のデータを矛盾する、と言う。
 コネチカット大学健康センターの母体胎児医学部門のジェームズ・F・X・イーガンJames F.X. Egan博士とその同僚は、国立健康統計センターのデータを引きながら、異なる結論に至っている。
 イーガンらは、1989年と2005年とのあいだで、ダウン症で生まれる赤ちゃんの数は15パーセント減少したと結論づけた。そして新しい検査がなければ、赤ちゃんの誕生数は34パーセント増加するだろう、と。予想された率と観察された率とのあいだには、印象的な49パーセントもの差がある。
「この差はおそらく、研究者たちが使っているデータ・ソース〔の違い〕からです」とスコトコは言う。「どちらのケースでも、ダウン症で生まれる赤ちゃんは、生じうるとされたことと実際に生じたことのあいだで、はるかに少なくなっているのです(イーガンらの計算では49パーセント、CDCの計算では19パーセント)」。
 スコトコは、イギリスやそのほかの国々の調査に基づく研究を再検討した。
 ダウン症の誕生数は、イギリスではそのままである。
 およそ40万のアメリカ人がダウン症を抱えている。アメリカでは最もありふれた遺伝的病態であり、精神遅滞や言語の遅れ、運動発達の遅れなど、いくつもの問題を生じさせる。
 ダウン症は、胚が21番染色体を3つ持つ場合に生じる。通常は2つである。この障害のリスクは、母親の年齢にしたがって高くなる。
 2002年には、50歳から54歳までのあいだの女性で、263の誕生が報告された。
 スコトコによる世界中の研究の再検討によると、ダウン症であるという出生前診断を受け取った女性の92パーセントがその妊娠を終わらせることを選ぶ、という。
 彼は、もしダウン症の症例がアメリカで減れば、先天疾患を研究する予算が枯渇するだろう、と懸念する。また、多くの人々は自分自身を否定するようになるという懸念もある。ダウン症の子どもを育てることを「授かりものgift」と呼ぶ人もいるのに。
 インディアナ州ニューボローのニナ・フラーNina Fullerは、自分が診断を受けたとき、ダウン症の子どもの親になることについて何も知らなかった。
「私は、彼女は意思疎通することも読むことも、私たち家族や彼女の周りの世界と相互作用することもできないと思っていました」と彼女はABCニュース・ドットコムに話す。「私は、彼女がその3人の兄弟の人生を脅かすこと、私たち家族が家に閉じ込められ、私たちが計画してきた生活が混乱に陥ることを恐れていました」
 そうした恐れは、決して現実化しなかった。フラーは、ダウン症の娘をもう1人授かった。ホープHopeである。


親たちはサポートとフィードバックを必要とする


 ダウン症の子どもを育てることがどのようなことなのかを知らなければ、多くの女性は、間違った情報----そして神話----に基づいて決定を下すだろう、その疾患について、と支持者たちは言う。
 この遺伝的診断はしばしばショックのようにやってくる。そして多くの人々は、ダウン症の子どもを育てることは、悲嘆をともなう困難なものだろう、と思い込む。
 ダウン症診断の後、子どもを育てることを決めたボストンの母親、メラニー・アクラフリンMelanie McLaughlinは、自分は、その子どもがきょうだいやその結婚におよぼすことについて、そして自分や夫が死んだ後に誰が面倒を見るのかについて心配だった、と言う。
 しかし、ダウン症の姉妹がいるスコトコの調査によれば、ほとんどのきょうだいは忍耐強く、思いやりがある、という。結婚については、障害のある子どもを育てることについてストレスを経験するカップルもいるが、多くは親密になる。
「私は、そうした情報に基づく決定をする母親について懸念しています」と彼は言う。「彼女らは、事実と最新の情報に基づいて決定しているでしょうか? 研究は、そうではないことを示唆しています。母親たちは不正確で、不完全で、ときには不快な情報を得ています」
 スコトコと同じく、CDCの専門家らは、ダウン症にかかわる複雑な健康問題のケアの確保について懸念する。たとえば、先天性の心疾患や、成長期までの子どもたちの発達について。
 CDCの調査は、アーカンソージョージア、カリフォルニア、コロラドアイオワノースカロライナ、ニューヨーク、オクラホマ、テキサス、ユタ各州の先天疾患登録を引用する。そうした地域は、2002年のすべての出産の29パーセントをカヴァーしている。
 およそ550万の生児出産のうち、6580件がダウン症と診断された。最も高い比率だったのはユタ州で、最も低かったのはアーカンソー州である。
 その報告によると、誕生におけるダウン症の粗率は、男の子と、ヒスパニックのあいだでわずかに高い。
 さらなる情報は、国立ダウン症協会 National Down Syndrome Societyへ。(粥川準二仮訳)

http://abcnews.go.com/Health/w_ParentingResource/syndrome-cases-rise-women-delay-childbirth/story?id=9216796

それぞれの記事が紹介する研究の結論は異なるのだが、出生前診断によって妊娠中の子どもがダウン症だと知ったとき、9割のカップルが中絶することを選ぶという前提は共通しているようだ。09.12.6


追記;
それぞれの記事のもとになった論文を示しておこう。前者は全文ネットで読める。


Trends in Down’s syndrome live births and antenatal diagnoses in England and Wales from 1989 to 2008: analysis of data from the National Down Syndrome Cytogenetic Register
http://www.bmj.com/cgi/content/full/339/oct26_3/b3794


Prevalence of Down Syndrome Among Children and Adolescents in 10 Regions of the United States
http://pediatrics.aappublications.org/cgi/content/abstract/124/6/1565