『クロッシング』----イヌを食べること

 ひさしぶりに試写。東銀座の松竹試写室で、キム・テギュン監督『クロッシング』を観る。
 北朝鮮からのいわゆる脱北者を題材にした社会派作品。監督らは100人以上の脱北者を取材し、またスタッフに実際の脱北者を迎え、韓国のみならず中国やモンゴルでのロケを実施したうえで制作したものだという。基本的にはフィクションのようだが、実際に起きた事件も下敷きになっているらしい。プレスキットには、脱北者の取材でよく知られる石丸次郎氏が寄稿していた。映画で描かれる北朝鮮内部や中国の延辺朝鮮族自治州の様子、脱北者たちの姿は、彼が取材で見聞きしてきたことと「あまりにリアルに重なった」という。ということは、おそらくこの映画で描かれていることは決して誇張ではなく、かなり現実に近いのだろう。
 政治的メッセージがあまりに強い一方で、映画としての完成度が低い映画だといやなだなあ、と思って鑑賞したところ、決してそんなことはなかった。ストーリーも映像づくりも十分に練られている。秀逸。
 僕はいわゆる“韓流”恋愛映画は苦手なのだが、それらとは一線を画している韓国映画、たとえばキム・ギドクパク・チャヌクなどの監督作品の存在はもっと注目されていいと思っている。そしてこの作品も。人によっては、「重すぎる」と思うかもしれないが……。
 ところで、「JCcast」の収録後、大久保の延辺料理専門店で食事をしたとき、イヌ料理を食べたことがある。僕はひと口しか食べられなかった。それは僕が愛犬家だからではなく、単にそのイヌ料理が僕の口に合わなかっただけである。美味しかったら喜んで食べていただろう。この映画では、主人公たちがまだ北朝鮮にいるとき、イヌ(飼い犬)を食べるシーンがある。もちろん、栄養失調で病気になった妻のため、やむをえず、である。主人公の息子は途中でそのことに気づき、泣き叫び、嘔吐する。
 同じイヌを食べるという行為でも、興味本位の文化体験として食べることと飢えのためやむをえず食べることとはずいぶん違う。後者を強いられている国がすぐ近く----大久保のことではない----にあることを僕たちは忘れるべきではない。10.3.10