マーク・ハウザー事件:動物の道徳、研究の倫理

 少しだけ更新しよう。
 すでに紹介したが、アメリカのハーバード大学は、「動物の道徳」研究で有名なマーク・ハウザー教授の研究不正を認めた。このことは波紋を広げているようだ。とくに議論の口火を切った『ボストン・グローブ』紙と、ハウザーの研究を積極的に、かつ好意的に紹介してきた『ニューサイエンティスト』が精力的に報告している……が、後者については当初無料公開されていた記事のいくつかはすでに閲覧不可能になっている。残念。

 科学者の研究に対する調査によって不正の証拠が明らかにになり、学術雑誌が論文を撤回/ハーバード大学の心理学者――『道徳的な精神』という著作で有名な科学者――が、彼のラボにおける科学的不正の証拠を見出した、非常に長い内部調査の後、休暇に入っている。

 一連の報道の口火を切った『ボストン・グローブ』の報道。

 しかし同僚たちは、ハウザーの調査における不足について、より多くの情報を求めている。/昨日、ハーバード大学は、著名な心理学教授マーク・ハウザーによる科学的研究における懸念について調査したことを認め、自分たちは、ハウザーが共著者になっている雑誌記事3本における『科学的記録』を修正させるための段階を踏み出している』と述べた。

 同紙の続報。

 ハーバード大学の心理学教授マーク・ハウザーは、3本の公表された論文と5つの追加実験を含む8例もの科学的不正に「責任がある」とわかってきた、と、同大学の人文学・科学部長は本日、教員に送った書簡で述べた。
 それらの実験は「デザインされ、実施されたのだが、データの入手、データの分析、データの保存、研究の方法論と結果の報告において問題があった」とミシェル・D・スミス部長は書いている。

ボストン・グローブ』紙、ハーバード大の学部長の書簡を掲載。

 ハウザーは正確には何を行なったのか?/私たちは知らない。ハーバードは、米国保社会福祉省の研究公正局(ORI)が使っている研究不正の定義を使っているようだ。その定義には、捏造(データや結果のでっちあげ)、改竄(実験や実験結果の操作。たとえばその結果が科学的記録に誤って記されること)、そして盗用が含まれる。

 オンライン上の研究経歴によれば、ハウザーは、2001年から科学主任として、何百万ドルもの政府助成金を受け取っている。部長を含む、ハーバードの心理学部の同僚らとともに。彼女は、この事件がいかに悲しく、「マークにとって最悪」と言ったことが引用されている。/このことはまた、ハウザーの研究とされるものにカネを払った納税者にとっても悲しいことだ。/ハウザーはなぜ、まだハーバードで教えているのだろう?

ボストン・グローブ』紙、ボストン大学心理学部のマーガレット・A・ヘイデン教授による論説を掲載。

  • 2010.8.27「ジャーナルの編集者、自分は撤回されたハウザーの論文は捏造されたデータを含む、と思う、と言う」http://tinyurl.com/2dqcs5w 
  • 2010.8.28「もっともらしい捏造、とジャーナルの編集者は考える」http://tinyurl.com/27y9rjl 「ハーバードの教授による論文が撤回」。『認知』誌の反応。

 ハウザーは、人間固有と思われてきた「道徳(≒倫理)」の起源が霊長類、しかも小型のサルにもある、ということを一連の研究で主張してきたようだ。しかしながら、それがあやしいとわかったのが今回の騒動である。
 ところで最近話題の「ニューロエシックス/脳神経倫理」には、2つの定義があるとされる。脳神経科学研究の倫理的検討である。もう1つは、「倫理」あるいは「道徳」の脳神経科学的研究である。この事件は、ハウザーの研究を広い意味での脳神経科学と捉えれば、後者の過程で生じた前者の問題という意味で、興味深い事例である。


追伸;
 ある方からトラックバックされたので、読み返してみたところ、凡ミスが見つかり、修正しました。訳文のぎこちなさはご海容ください(10.10.15)。

脳神経倫理学―理論・実践・政策上の諸問題

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