『森崎書店の日々』
朝から神保町へ。神田古本まつりで本を物色するついでに、神保町シアターで、『森崎書店の日々』を観る。楽しみにしていた青空掘り出し市では、あまり収穫はなかった。残念ながら、というか、幸いにも。僕の部屋には、本を置くスペースがもうないのだ。それはともかく、この映画は大当たりだった。
この映画の存在を知ったとき、舞台が神保町というだけで観たいッ、と思ってしまったのだが、映画そのものがよくなければ、舞台がどこだろうと意味はない。すぐに記憶から消えるだろう。
学割も各種サービスもなく、1800円で1本の映画を観る、というのは、シネコンのナイト料金に慣れてしまった僕にとっては少し高く感じたのだが、そんなセコい気分がふっとんでしまう佳作。
ひどい経験をして失意にある主人公の若い女性が、きわめて映画的なきっかけ――ご都合主義ともいう――で、叔父が神保町で営む、小さな古本屋の店番になり、同じ建物の上階に住むことになる。そこに引っ越す前の部屋には英語のペーパーバックがあったりして、それなりの読書家なのかな、と思ったのだが、そういう設定ではないらしい。本を読むかと聞かれて、「あんまり……」と答えたり、古本屋には行かないかと聞かれて、「ブックオフぐらい」と答えたり。そんな彼女が、ふと、店にある本――尾崎一雄の『まぼろしの記』?――を読み、本を読むこと、古本屋の仕事、そして神保町という町で生きることに喜びを見出していく。その本を読み終えたときの彼女の表情といったら……このシーンに感動したのは僕だけではないらしい。パンフレットに寄稿していた人も言及していた。しかし、そんな幸せがずっと続くはずもなく、ちょっとしたきっかけで、過去の出来事がフラッシュバックし、また失意に沈む。それを叔父は放っておけない(ちなみに僕はずっとこの叔父の視点でこの映画を観ていた)。そしてまた彼女は回復する。喪失と回復。それは映画や文学がずっと繰り返してきたテーマだ。それは森崎書店で売られている明治、大正時代に書かれた小説も、2010年に神保町のミニシアターでかかる映画も、基本的には変わっていないはず。
神保町が舞台となる映画というと、どうしても『珈琲時光』を思い出してしまう。『珈琲時光』も素晴らしい作品だったが、『森崎書店の日々』も負けてはいない。細部に渡るこだわりは、監督をはじめ制作者たちの映画に対する情熱を強く感じた。
主演の菊地亜希子はモデル出身で、雑誌の連載では文章はもちろん、イラストも手がけるらしい。才能の配分は、残念ながら不平等だ。パンフレットには、彼女が描き、雑誌に掲載された神保町マップが転載されていた。しかし、肝心のロケ地マップがない! と思ったら、作者は別の人だが、神保町のフリーマガジン『おさんぽ神保町』最新号に掲載されていた。
秀逸。神田古本まつりの開催中、神保町シアターで観れてよかった。
森崎書店のセットが組まれた場所。会社の倉庫らしい。
『おさんぽ神保町』のものと同じロケ地マップ。
中には入れない。
撮影のためにつくられたプレートは、現場でなく、神保町シアターに飾ってあった。
追伸;
余談だが、エンドロールを見てびっくりした。出演者として、荻原魚雷の名前があったからだ! 彼は『古本暮らし』(晶文社)という著作もあるライターなのだが、僕が本づくりを仕事にするようなったのは、実は彼がきっかけの1つだったりする。本人はそんな自覚はないだろうけど。いま彼はどうしているのだろう? パンフレットによると、やはり古本関係で知られるライターといっしょに、喫茶店のシーンに出演していたらしい。気づかなかった。
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