ハーバーマス、遺伝学、人種主義

 存命の思想家のなかでは世界で最も広い影響力をもっているはずのユルゲン・ハーバーマス氏が、『ニューヨークタイムズ』に寄稿した論説「リーダーシップと主導文化」には、どうやら根深い背景がありそうなので、簡単なメモを残しておきます。
 僕よりもドイツ語、英語に堪能で、社会学生命倫理、ヨーロッパの政治情勢に詳しい人はいくらでもいるはずなのですが、どなたも言及しないので、浅学非才の僕が試みる次第。

  • 「人種主義とゲノム主義がミックスするとき」、『バイオポリティカルタイムズ』2010年9月10日 http://tinyurl.com/24ne8ud

最近、ヨーロッパでは、遺伝学のひねりをともなう、いくつかの不穏な兆しがある。

ドイツでは、ドイツ連邦銀行の取締役ティロ・ザラツィンが新聞に、ユダヤ人は特徴的な遺伝子を共有しており、バスク人はまた別の特徴的な遺伝子を共有している、と語った。また彼は、イスラム教徒は、西洋社会に統合されえないし、しないだろう、と主張した。

ニューヨークタイムズ』における2000語の意見記事において、ユルゲン・ハーバーマスは、遺伝学的な主張を利用する傾向を、「幅広い人々における外国人嫌い(ゼノフォビア)」を助長すると警告した。ハバーマスは、世界で最も影響力がある、存命の哲学者としばしばいわれる。〔略〕それ〔ハーバーマスの著書『人間の将来とバイオエシックス』〕は、アメリカでは驚くほど少しの反応しかなかったが、ヨーロッパでは重要な政治的介入だとはっきり理解された。同書は、人間におけるバイオテクノロジー利用について広範な公開討論を緊急要請した。哲学者であろうと市民であろうと、「サイエンス・フィクションに酔った科学者や技術者にこのような議論をまかせておくことに充分な理由を持ってはいない」と、ハーバーマスは書いている。

8月の終わり以来、ドイツは、移民をめぐる政治的騒動の波にかき乱されている。マルチカルチュラリズム(多文化主義)と“主導文化Leitkultur”、すなわち主導的な国民文化の役割についての騒動である。この言説は徐々に、幅広い人々におけるゼノフォビア(外国人嫌い)の高まりに向かう潮流を強化している。

彼〔ティロ・ザラツィン〕は、こうしたマイノリティ〔イスラム教徒〕に対する差別を、知能研究を添えて煽っている。しかし彼はその研究から、とてつもなく広い注目を集めたが、間違っている生物学的結論を導いているのだ。

ザラツィン氏が移民に対する文化的敵意を、遺伝学的主張を添えて強化することによって発した毒は、大衆の偏見のなかに根ざしているようだ。

私たちが直面しているのは1930年代のメンタリティの復活ではない。1990年代初めの論争の再来である。何千人もの難民が旧ユーゴスラビアからやってきたとき、亡命希望者をめぐる議論が始まったのだ。

今日の問題は昨日のリアクションを促している――のだが、一昨日のものを、ではない。

http://www.zcommunications.org/leadership-and-leitkultur-by-j-rgen-habermas

 いうまでもありませんが、このエントリー、後で加筆する可能性があります。
 誤訳などの指摘、歓迎します。