『シャッターアイランド』再訪

 ある事情で、夜、『シャッターアイランド』を観た。2度目である。
 僕はマーティン・スコセッシ監督の作品群を敬愛しているのだが、この作品に関していえば、映画を見慣れている人であれば、たいてい途中でオチを予想できてしまうという意味で、いまいちだった。
 僕の場合、最初の船のシーンを不自然に感じ、「こいつが○○じゃないの?」と思ってしまい、映画の結末は、とりあえずその通りになった。
「いまいち」というのは、あくまでもスコセッシ監督作品のなかでは、という意味である。彼の監督作品ということを知らなかったら、普通に面白いと思っただろう。「とりあえず」というのは、そのほかの解釈もそれなりに可能だからである。
 映画の楽しみ方はいろいろあっていいと思うが、僕がよくやるのは、「比較」である。比較という方法論は、批評の基本技術でもある。が、共通点や相違点を見つけるというのは、単純に楽しい。
 主に共通点をみてみよう。
 まずスコセッシの過去の監督作品との共通点はすぐに見つかる。戦争によってトラウマを負った男は、『タクシードライバー』でも描かれていた。心の病いは、『アビエイター』でも描かれていた(こちらは主演も同じディカプリオである)。テディの姿は、トラビスやハワード・ヒューズの反復に見えなくもない。
 この反復こそ作家性なのだろう。
 偶然とは思えないのは、主演者つながりである。ディカプリオが次に主演した『インセプション』は、監督は違うにもかかわらず、偶然とは思えないほと、『シャッターアイランド』と似ている。テディとコブは、ほとんど同じ人物に見える。同じ俳優が演じていることから、外見が同じだというだけではない。どちらも、妻に先立たれ、傷ついている男である。
 そして両作品とも記憶とその捏造をめぐる物語である。『シャッターアイランド』は、「洗脳」説と「夢(幻覚)(オチ)」説の両方の解釈が可能だが、『インセプション』には、その両方の要素がある。
 なぜ今日『シャッターアイランド』を観たか、という理由にかかわることを少しだけ書いておこう。
 同作には、精神医学の暗い歴史が刻み込まれている。なかでも注意を引かれるのがロボトミーだろう。ロボトミーというと、治療というより、患者を従順にするための乱暴な技術、というイメージがあるが、僕の場合、それは『カッコーの巣の上で』の影響だろう。あと、『猿の惑星』でもロボトミーを彷彿とさせる手術が出てくる。
 しかし、ロボトミー手術を発展させた医師フリードマンの伝記『ロボトミスト』(ジャック・エル・ハイ著、ランダムハウス講談社)を読むと、そのイメージが少し変わる。ロボトミーは、その有効性も倫理性も、微妙なようだ。そしてフリードマンが彼なりに患者のためを思い、患者もまた彼に感謝したことは事実のようだ。脳深部刺激療法(DBS)やブレイン・マシン・インターフェースBMI)など、ロボトミーを彷彿とさせる技術が出てきたいま、タブー化はタブーだ。真摯にその歴史を見つめ直すべきであろう。
 ちなみにロボトミーが登場する映画としては、ほかに『女優フランシス』などがある。
 同時に、ロボトミーを含む「精神外科」だけを特別視するのもどうだろう、とも思う。脳への侵襲という意味では、向精神薬だって同じではないか。ロボトミーや脳低深部治療と違って、向精神薬は「可逆」だという見解もあるかもしれないが、向精神薬には嗜癖的な影響がある。詳しくは、『現代思想』12月号に掲載されている、美馬達哉さんの論文を参照のこと。なおうつ病患者の手記の原題『プロザック・ネーション』、邦題『私は「うつ依存症」の女』も映画になっている。ついでながら、うつ病抗うつ薬については、今月27日発売の『現代思想』に、その現在的な意味を僕なりに考察した文章を寄稿しました。あ、いっちゃった。ま、いいか。
 急いで付け加えると、昨年、心の病を抱えた人々が世間から離れて暮らしている場所を描いた映画がもう1本公開されている。そう、『ノルウェイの森』である。もちろん触法精神病者の治療施設であるアシュクリフ病院と、美しい自然に囲まれたサナトリウムの阿美寮とは、ずいぶん雰囲気が違う。当たり前か。
 というわけで、作品は単独で成立しているわけではない。世界はリゾーム(根茎)でできている(と町山智浩氏が自身の映画評論の方法論を語るなかでいっていたことに、諸手を挙げて賛成だ)。リゾームを文脈と呼びかえてもよい。それをとらえることは、批評の基本だが、単にとらえられたほうが楽しいのだ。確実にそういえるもちろん映画だけでなく、本や音楽、あるいは社会現象にも応用可能。
 それにしても、心を病む、ということは、いったいどういうことなのだろう。僕としては、眠れなくなったり、幻覚が見えてしまうような人たちよりも、映画の上映中にノートパソコンを開いてピコピコと何か打っているヤツらのほうが、よほど基地外だと思う。
 ……というわけで、以上、twitterでのツイートを並べ直してみました。まとまりがなくて、恐縮であります。