環境問題と優生思想(その序説のためのメモ)

すでにtwitterでツイートしたことを、おおざっぱにまとめておこう。このテキストは、あくまでもメモのようなものであることをお断りしておく。
福島から首都圏などに避難してきた子どもがいじめられるなどの事例が報告されている。

兄弟は3月中旬、市内の公園で遊んでいると、方言を耳にした地元の子供たちから「どこから来たの?」と聞かれた。兄弟が「福島から」と答えると、みな「放射線がうつる」「わー」と叫び、逃げていった。兄弟は泣きながら親類宅に戻り、両親らは相談。「嫌がる子供を我慢させてまで千葉にいる必要はない」と考え、福島市へ再び避難した。(「東日本大震災:「放射能怖い」福島からの避難児童に偏見」、『毎日新聞』2011年4月13日 22時17分)

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110414k0000m040137000c.html

twitterでは、福島の「同人女」も話題になった。

放射能の強い場所から参加されるの嫌がる人もいると思いますよ^^;」
「偏見持つ人もいるってこと覚えておいてくださいね^^;私は差別しませんけど^^;」
「人の多い場所ですし、放射能ふりまくのもどうかと^^;そのへん考えてます?」
(福島の同人女はかなしい)

http://anond.hatelabo.jp/20110414144232

どちらも、たいへん悲しいニュースだ。
しかしこの問題は「被ばくはうつらない」と啓蒙することで解決されるとみなしていいのだろうか。

被ばく自体はうつりません。放射性物質をチリのようなものと考え、きちんと衣類などから払い落とせば、うつることはありません。(「放射性物質:Q&A 被ばくはうつらない 福島県対策本部」、『毎日新聞』2011年4月4日 22時59分)

http://mainichi.jp/select/science/news/20110405k0000m040128000c.html

僕には問題はもう少し複雑であるように思える。確かに「被ばくはうつらない」。たとえば、ある人が不幸にも福島第一原発の近くである程度の放射線を浴びてしまったとしても、それが他人にうつることはありえない、だからその人を差別してはならない、と僕たちは理解しがちである。だが、そこには陥穽がある。放射線被曝はうつらないから差別してはならない、という論理の背景には、うつりうる病気、すなわち感染症であれば差別してもよい、という前提がありうるからである。
いま「放射線差別」を嘆いたり、「被ばくはうつらない」と啓蒙している人たちにそのような自覚はあるのだろうか。かつてハンセン病患者に対してたいへんな差別があった。それに対して、ハンセン病は感染力が低いので差別してはならない、という論理があったのだが、その背景には、感染力が高い感染症にかかった患者であれば差別してもよい、という前提がなかったか。そうした入り組んだ問題に取り組んだのが、武田徹さんの著作『「隔離」という病い』(中公文庫)であったように思う。
そしていま不安が広がっているのは、胎児あるいは遺伝子への、放射線の影響である。
専門家たちは口を揃えて、低いレベルの放射線であれば、浴びても胎児あるいは遺伝子への影響はないと説明する。

放射線が胎児に及ぼす影響には、奇形、胎児の致死、成長の遅延などがあります。ただし、少なくとも10〜20万マイクロシーベルト(累積)以上の放射線被ばくがないと、これらの影響は生じないことが知られています。(「放射線の妊婦・胎児への影響」、『team nakagawa』2011年 03月22日)

http://tnakagawa.exblog.jp/15135715/

広島・長崎の原爆投下やチェルノブイリ事故でも、遺伝的な影響はみられなかった、と強調する者もいる。

かつて原爆被爆者の子どもには遺伝性疾患が生じるという風説が流れ、長く結婚差別の対象になったという。だが、被爆者の追跡調査からは遺伝的影響はみられず、チェルノブイリ原発事故のあとでも同様であった(八代嘉美放射線は「甘く見過ぎず」「怖がりすぎず」」、『SYNODOS JOURNAL』2011/3/2014:41 )

http://synodos.livedoor.biz/archives/1710889.html

おそらく彼らの説明に科学的な間違いはないだろう。しかし、仮に高いレベルの放射線を浴び、遺伝的な影響が懸念される場合はどうなのか。生まれてくる子どもに先天障害や遺伝病が生じる可能性が否定できない場合には、差別は許されるのか。
たとえば結婚するさいに、相手に遺伝子検査を求めたり、子どもを生むときに出生前診断を行ったりすることは、正当化されうるのか。たいへん失礼ながら、いまこの危機にさいして、最も重要な提言を行っている専門家でさえも、そこまでの射程を前提として発言してはおられないように見受けられる。事実や情報、知識の伝達は重要であるが、最終的な解決にはなりえない。
もちろん僕自身、答えを持っているわけではない。実は、この辺りのことは、いまから10数年前、いわゆる環境ホルモンについて取材・執筆をしていたころから漠然と抱いてきた問題意識である。そのことにきちんと向き合わずにいままで過ごしてきたツケが、3.11以来、僕に重くのしかかっているのだ。
この件、またあらためて論じることになるだろう。

「隔離」という病い―近代日本の医療空間 (中公文庫)

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あなたは子孫を残せるか!? (別冊宝島 (411))

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