『ミラル』

夕方、渋谷に移転した映画美学校の試写室で、『ミラル』という映画の試写を観る。これが大当たりだった。
監督は『潜水服は蝶の夢を見る』のジュリアン・シュナーベルだが、世間的には、主演が『スラムドッグ$ビリオネア』のフリーダ・ピントであることが売りであろう。しかし僕としては『シリアの花嫁』のヒアム・アッバスが出ていたことも注目。原作は、ニューヨーク在住のパレスチナ人ジャーナリスト、ルーナ・ジブリールの反自伝的小説。フィクションではあるが、自分の経験や取材をベースにしたものらしい。未訳のようだ。
4人の主要キャラクターのうち、ミラルが原作者の投影だろう。そして監督のシュナーベルは、名前からわかるようにユダヤ人である。この映画自体も、イスラエルの資本が入っている。イスラエルという国家に悪い感情をもつ人は僕を含めて少なくないだろう。しかし、『シリアの花嫁』、『戦場でワルツを』、『迷子の警察音楽隊』など、イスラエル発の映画は、どちらかというと反戦的メッセージが強いものが多いように思う。『ミラル』も然り。
主要登場人物は、ヒンドゥ、ナディア、ファーティマ、そしてミラルという4人のアラブ人女性。それぞれの人生と、パレスチナイスラエルの複雑で重い歴史が交錯する。とくにナディアとファーティマの物語は見ていて少し辛くなるものだが、人生とはそういうものなのだろう。物語はオスロ合意とヒンドゥの死で幕を閉じる。
少し残念だったのは、現実にはアラビア語でなされていたと思われる会話が英語でなされていたこと。ヘブライ語はそのままだった。原作が英語で書かれたものだからか(後述するようにそれは間違い)、英語圏のマーケットを意識したためか。
原作もいずれ訳されるだろう……と思いたいところだが、昨今の出版事情だと難しいかもしれない。いまプレスキットを確認したところ、原作者であり、主人公のモデルでもあり、脚本も担当したルーラ・ジブリールは、イタリアで学位を取り、イタリアでキャリアを重ねてきた人らしい。そういえば、映画の最後でミラルはイタリアへの留学が決定したし、僕の記憶に間違いがなければ、原作は最初にイタリアで出版されたことがエンドロールで記されていた。ということは、原作はイタリア語で書かれたのか(監督が読んだのはその英訳か)。イタリア資本が入っていることもうなづける。
いずれにせよ、英語が使われていること、背景となる複雑な政治事情を知らないとわかりにくいであろうことを差し引いても、素晴らしい出来映えの作品であり、多くの人に観てほしいと思った。