『人生、ここにあり!』

メーガクでの授業の後、歩いて目黒に移動し、目黒シネマへ。いわゆる名画座で映画を観るのはひさしぶりかも。この名画座のチラシ置き場の充実ぶりはあいかわらずだ。なぜか映画関連書籍が図書室のように陳列されていることも。
1本目に観たのは『木漏れ日の家で』。モノクロのポーランド映画。一軒家に1人で暮らす高齢女性が主人公。彼女は昔のことを思い出しつつ、息子の家族との同居を願いながら過ごしている。ときおり家を売るよう迫られるが、彼女はそれを拒み続ける。彼女はなぜか、暖かい紅茶を飲むことができれば、と願い、その願いは最後にかなえられそうになるのだが……。僕が論じる作品ではない。
僕の目当ては、2本目に観た『人生、ここにあり!』。斉藤勝司さんにオススメされ、ぜひ観てみたいと思った作品だ。舞台は1980年代のイタリア。イタリアでは1978年に精神病院の廃絶などを定めた法律、いわゆるバザリア法の成立により、病院に閉じ込められていた精神疾患患者たちが社会で、具体的には「社会協同組合」と呼ばれる組織で働きながら暮らし始めていた。
主人公はある成り行きで、そうした精神疾患患者たちの組合の運営を任される。彼は持ち前の熱血精神で患者たちが自らの力で働き、生活できるよう奮闘する。あるとき、患者らは床の板張りの仕事をすることになるのだが、そこで思わぬ大転換が起こる……。
仕事はすべて、患者たち自身の合議で決められる。なぜならそれは彼ら自身の組合だから。うまくいくときもあれば、うまくいかないときもある。彼らの行動は社会の他の人びととときとして摩擦を起こすこともある。映画はその様子をおおむねユーモアを込めて描く。しかしもちろん、すべての物事が幸福に進むはずはなく、悲劇が起こる。しかし主人公も患者たちも立ち直り、そして当初は主人公の行動に批判的だった人々も彼らに味方するようになる。
物語は基本的にはフィクションのようだが、現実にあった出来事に取材しているらしい。悲劇によって主人公が挫折するエピソードなどは、バザリア法の成立に貢献した精神科医フランコ・バザリア(またはパザーリア)その人が、その同法成立以前に精神医療改革を進める途中で経験したエピソードを彷彿とさせなくもない。(パザリア法とフランコ・バザリアの思想については、美馬達哉「精神医療に代わるもの」『現代思想』2010年3月号、を参照。)
いちどは患者たちの組合から離れた主人公は、再び彼らの元へ戻って映画は終わる。エンディングでは、イタリアには現在、同様の社会協働組会が2500ほどあり、この映画は彼らに捧げられる、と示される。笑いと涙があり、現代社会に普遍的な問題が的確に描かれる。
精神医療に関心がある人にはもちろん、広く組合、というか左翼の思想や運動、さらにはアウトサイダー・アートアール・ブリュットに関心がある人にもオススメしたい佳作である。(僕としてはイタリアの精神医療改革がアール・ブリュットとどう交差したのか、それとも交差などしてないのか、ということにも興味ある。)

現代思想2010年3月号 特集=医療現場への問い 医療・福祉の転換点で

現代思想2010年3月号 特集=医療現場への問い 医療・福祉の転換点で