『プリピャチ』

昨日の午後のことだが、御茶の水と水道橋の間にあるアテネ・フランセ文化センターで『プリピャチ』というドキュメンタリー映画を観る。
日本ではおそらく『いのちの食べ方』の監督として知られるニコラウス・ゲイハルター監督が、チェルノブイリ事故の後、立ち入り制限区域にある街プリピャチで、いまなお生活を続ける人々を追った作品。1999年、つまり事故から13年後、いまから12年前に公開されたものだという(日本では今回がおそらく初公開?)。
カメラはきわめて淡々と、立ち入り制限区域で暮らす人々――年老いた夫婦、技術者、ひとり暮らしの女性などの暮らしを描き、その声を伝える。ナレーションや音楽はなく、映像はモノクロ。あえてモノクロにした理由についてゲイハルター監督は「立入禁止区域が密室であると同時に不条理な構築物であり、そこでは本来の危険は不可視であることを示すため」と答えている(リーフレットより)。
見所は数多いが、僕としては、爆発事故を起こした4号炉の隣で、いまなお稼働している3号炉の内部が紹介されていることが貴重だと思った。
強い主張を持つ映画ではない。放射能の恐怖を伝え、反原発を唱える作品ではない。カメラがとらえるのは、それぞれの理由で、土地から離れずに暮らす人々の姿だけである。プリピャチは原子力発電所の労働者が暮らし街だという。その説明からは南相馬を思い出し、人気がなくて静かだが、わずかな人々が暮らしている様子からは飯舘村を思い出した。
なお僕は以前、『チェルノブイリ・ハート』というドキュメンタリー映画を批判的に紹介したことがあるが、同じ監督で同時上映された『ホワイトホース』という短編映画はいい作品だと思った。『プリチャピ』のなかには、『ホワイトホース』とよく似た雰囲気の場面がある(撮影チームとある登場人物が彼女のかつての住居に行った場面)。しかし、完成度やインパクトでは『プリチャピ』のほうが優れている。
ドイツ人が旧ソ連を取材した作品で、登場人物は当然のことながらロシア語(ウクライナ語?)を離すが、字幕も、この映画の配給に関わったドイツ映画研究家の渋谷哲也氏によるものらしい(リーフレット『『プリチャピ』鑑賞の手引き』の執筆・編集も)。秀逸。