『六ヶ所村ラプソディー』、『内部被ばくを生き抜く』
諸事情で、鎌仲ひとみ監督のドキュメンタリー映画『六ヶ所村ラプソディー』と『内部被ばくを生き抜く』をDVDで観た。前者では青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場の周囲で、後者では現在進行中の福島第一原発事故の影響下の福島県で生きる人々の姿が描かれている。僕は『ヒバクシャ』と『ミツバチの羽音と地球の回転』はすでに劇場で観ているので、同監督が核・原子力を描いた4作品すべてを観たことになる。
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しかしあらゆる物事において、賛成=強者、反対=弱者の見方になるわけではあるまい。また一見、ある弱者に配慮したつもりになっていても、別の弱者を踏みにじることになる場合もありうるだろう。また「100%の賛成」か「100%の反対」以外に、最適な解がありうる場合もある。たとえば情報公開の原則や、大きなリスクが判明した場合にはすぐに中止できること、といった条件で「容認」することが、結果として、そこそこ多くの人に幸福をもたらし、不幸を最小化できるということもありうるはず。そんなことは当たり前だ、とか、きれいごとをいうな、あるいは原発事故の現実を見ろ、という人もいるかもしれない。だが問題は、言論や表現において、あまりに鮮明な賛成あるいは反対という旗色を示してしまうと、その反対の意見をもつ人や、まだ意見を決めかねている人を遠ざけてしまうということだ。それは非常にもったいない。また、問いに対する明確な答えではなく、ヒントを出したり、むしろ迷わせたりすることもまたメディアの役割であろう。そもそも、明確な答えなど存在しない場合がほとんどであり、その場合に明確な答えらしきものを提示することは、むしろ有害になりうるのではなかろうか。
なお鎌仲監督の作品はいずれも現状をよく取材し、よく描いており、どれも決して悪い作品ではない。しかし僕としては、たとえば『100,000年後の安全』、『アンダーコントロール』、『プリピャチ』といった、政治的メッセージは控え目なまま、ただ淡々と現場を映しているだけの作品、もっといえば視聴者自身が考えることを強いるような作品のほうが、得られるものが多いと思う。しかし本でも映画でも、そうした姿勢のものは、年々受け入れられにくくなっている現実もあるような気がする。気のせいであれば、いいのだが…。