恒例!? 2012年映画ベスト3

というわけで、毎年恒例(?)、今年に観た映画のベスト3を挙げてみます。以下、順不同で…。


●『灼熱の魂』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)


冒頭で、レディオヘッドの「You and Whose Army」が流れるなか、中東らしき場所で、子どもたちが髪の毛を刈られる。1人の少年の険しい目が観客をにらみつける。
物語らしい物語は、現代のカナダから始まる。双子のきょうだいの母親が突然死に、彼らは公証人から母親の残した遺書の内容を知らされる。母親は中東系の人で、自分たちには兄がいるらしい。姉は母親の写真などを手がかりに、父と兄を捜しに中東に向かう(場所がはっきりしないが、レバノンという説があるようだ)。
姉はわずかな手がかりと語学力を駆使して、母親の人生を知ることになる。物語は、カナダと中東、現代と昔、というように、場所や時代を複雑に切り替えながら進むが、映画を見慣れている者であれば、とくに気にならない。やがてその探索に弟も加わる。そして彼らが知ることのできた母親の人生は、時代に翻弄された壮絶なものであった。たとえば母親は、もともとキリスト教徒でありながら、イスラム系のテロリストであったらしいことなど。そして双子のきょうだい自身の出自についても、衝撃的な事実が明らかになる。
原作は戯曲らしい。基本的にはフィクションらしいが、レビューなどによると、いくつかのエピソードは中東で実際にあった出来事を踏まえているとのこと。
結末は、もちろんここでは書かないが、『サラエボの花』に似ている。ソフォクレスの『オイディプス王』を思い出す者も少なくないだろう。舞台が中東で、かつ、時代に翻弄されながらも生き続ける女性の生涯が描かれているという意味では、昨年観た『ミラル』をも彷彿とさせる。
しかしながら僕がこの映画を観ながら思い出していたのは、フランス語圏のカナダが舞台の1つになるという共通点もあるせいか、フランスの法制史家ピエール・ルジャンドルの『ロルティ伍長の犯罪』(人文書院)だったりする。『灼熱の魂』でも『ロルティ』でも、中心となるテーマの1つは、暴力の連鎖、そしてその阻止である。中東が舞台の作品というと、どうしても中東の複雑すぎる政治と紛争の歴史を踏まえないと理解できない、と身構えてしまいがちだ。確かにこの映画でも物語のバッググラウンドにはそれは影を落としている。
しかし映画がメッセージを込めて描いたものは、そうした背景とはまた別に、もっと普遍的なものであろう。


●『桐島、部活やめるってよ』(吉田大八監督)


観る予定には入れていなかった作品だが、あまりに評判がいいので、ロードショーの期間が過ぎてから観ようと思ってまだやっている劇場を探していたところ、渋谷でまた上映されたようなので、観てみた次第。
舞台は地方の高校。人気者の「桐島」が部活(バレー部)をやめたことにより、以前から存在していた学校内のヒエラルキーとその歪みが一気に明るみに出て、そして一瞬ではあるが、それが崩壊する様子を描いた青春ドラマ。いや、「青春ドラマ」なんてさわやかなものじゃない。描かれるのは、大人社会顔負けの、かなりドロドロとした人間関係である。そのドロドロさは、彼らがまだ高校生であるにもかかわらず、というよりも、まだ高校生であるからこそ、のものであろう。十代の若者が純朴であるなどという神話は、僕はもちろん信じていない。若者を教える身としても。そしてかつての若者としても…。
この映画の舞台は、登場人物がスマホを使っていることから明らかなように現在で、ロケ地は高知らしい。しかし1980年代の終わりの愛知県の高校にも、似たような雰囲気はあった。想像だが、地方の、共学で、エリートばかり(もしくは不良ばかり)が集まる超進学校でなければ、どこでも事情は同じか似たようなものではなかろうか。(都会の高校、男子校または女子校、エリート進学校は違うかもしれない。これも想像。)
この映画は同じ場面、異なる登場人物の視点から何度か見せ直すことによって、彼らの間にある人間関係の醜い溝を明らかにしていく。僕自身はいうまでもなく、映画部の彼に最も強く共感し、かつ、苦い記憶を思い出しながら鑑賞することになった。そして高校を卒業して、予備校に通うようになったとき、底知れぬほどの解放感を得たことも思い出し、彼にこういってやりたくなった。もうすぐだ、もうすぐ解放されるよ、と…。


●『アイアン・スカイ』(ティモ・ブオレンソラ監督)


周知の通り監督がつくったティーザーが何年か前からYouTube経由で話題になり、個人からの出資も集まって制作された映画。第二次世界大戦後に地球を脱出し、月の裏側に潜伏していたナチスがUFOで地球に攻めてくる……とあらすじだけ説明するとなんだか頭が痛くなってくるが、何カ月か前にロフトプラスワンでのイベントで、高橋ヨシキさんが絶賛していたので、観てみた次第。
大爆笑の連続だった。
内容からナチスへのアイロニーは予想していたのだが、アイロニーの対象はナチスだけでなく、アメリカや国際社会にも向いていた。笑えるシーンは何カ所もあったが、どこからどう見てもサラ・ペイリンにしか見えないアメリカ大統領が会議で部下に怒鳴り散らすシーンは、『ヒトラー 最後の12日間』の有名な会議のシーンのパクリ。『ヒトラー』の同シーンは、各国で勝手な字幕を付けられている(日本語圏では「総統閣下」シリーズともいわれる)ことも思い出され、むちゃくちゃ面白かった。作品中で展開される大統領選キャンペーンがナチスプロパガンダを思い起こさせる、というか、実際に月からやってきたナチスが大統領の広報を務めることも合わせて。『博士の異常な愛情』へのオマージュと思われるシーンなどもあった。パンフレットによると、僕は気づかなかったが、『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』や『スターウォーズ』へのオマージュもあったようだ。登場人物たちが口にする「ヴァルハラで会おう」という台詞は、ドイツ空軍のエース・パイロットが残した言葉らしい(後で調べて知った)。
とんでもない設定とストーリー展開、CGを駆使したリアルな映像だけでなく、数々のアイロニーやオマージュを含めて、かなり楽しむことができた。


○まとめ


 今年はそれなりに忙しかったもの、それなりの本数を観られたと思う。
 夏には、SF&アメコミ映画の大作が続き、僕としては至福の日々が続いた(『トータルリコール』、『プロメテウス』、『アベンジャーズ』、『ダークナイトライジング』)。
 ハリウッドの続編、リメイクの乱立には残念に思うことも少なくないが、ポジティブな側面だけを受け取ることにしよう。
 また昨年に続き、斉藤勝司さんといっしょにやっているトークイベント「映画で語るサイエンス」を定期開催することができたことも、僕の映画生活のなかでは大きな動きである。初の地方巡業を高崎市のミニシアター「たかさきシネマテーク」で行なうことができたし、昨年に続く「サイエンスアゴラ2012」では立ち見まで出る盛況ぶりだった。そしてそれら波及効果として、いくつか映画関係の仕事が決まっている。シネUST「三日月座の夜」に出演させてもらえたことも楽しい思い出だ。
 来年もよい作品に出逢いたいものです。みなさん、よいお年を。