恒例!? 今年観た映画ベスト3

……というわけで、毎年大晦日恒例(?)、今年観た映画ベスト3をご紹介します。以下、順不同です。


●『クラウドアトラス』(ウォシャウスキー姉妹、トム・ティクヴァ監督)

マトリックス』シリーズ以降、いまいちぱっとした作品のないウォシャウスキー姉弟の新作。6つの異なる時代も物語が同時進行するが、いくつかの要素によって、それらが1つの大きな物語を形成する。ある時代の登場人物にかかわる音楽や小説、映画などが別の時代の物語に登場する。さらに、同じ魂を持っているということになっている登場人物がそれぞれの時代の物語に登場する。彼らは名前だけでなく、人種や性別も時代によって異なるのだが、同じ人間の、いわゆる生まれ変わりであることは、同じ俳優が演じることで表現されている。
一見別々の物語が、それら相互のかかわりを示唆しながら同時進行する、という映画は、周知の通りそれほど珍しくはない(『ミステリー・トレイン』、『ショート・カッツ』、『海炭市叙景』、『バベル』etc.)。しかし、舞台が過去から未来にまでおよび、しかも輪廻転生の要素まで加えられた作品は、僕には思い浮かばない(あるらしいが、僕は未見)。物語進行の複雑さは『インセプション』に匹敵するかもしれない。そのため“わかりにくい”という評価は少なくないだろう。僕自身、それぞれの物語における人物関係など、パンフレットを読んでみて初めて理解したことも少なくない(できれば映画を繰り返し観ることで理解すればもっと楽しかったかもしれない)。
また、原子力発電をめぐる陰謀やクローン人間を奴隷化したディストピア未来社会など、僕好みの要素がちりばめられているところもいい。
失敗作だという評価もあるようだが、これほど成功しにくい要素を含む作品の企画を認めた映画会社やスポンサー、それを作品化したウォシャウスキー姉弟をはじめとする制作スタッフたちの努力には敬意を払いたい。
DVDで見直していろいろと発見してみたい。原作も読みたくなった。


●『風立ちぬ』(宮崎駿監督)

もうすでに最盛期は過ぎたかなと思っていた宮崎駿の新作。周知の通り、零戦の設計者・堀越二郎の生涯が、同時代の作家で、名前に「堀」という一文字を共有しているだけの堀辰雄の小説『風立ちぬ』(や『奈緒子』)の物語と重ねられている。それだけで十分に独創的、というか、とんでもない発想でつくられた映画作品といっていいが、見どころはもちろんそれだけではない。飛行機の設計にかかわる蘊蓄、愚かな戦争に突入していく当時の日本の世相、そこに優秀な技術者ではあるが不器用な男と美しいが病いにおかされた薄幸な女との恋愛物語が展開する。
戦争には乗り気ではないが、飛行機の設計には前のめりになる堀越の姿は、「原爆の父」としてマンハッタン計画を指導しながら、戦後には水爆使用の禁止を主張したロバート・オッペンハイマーを彷彿とさせる……と思ったのは僕だけではないだろう。いや……堀越というより、堀越を描いた宮崎の姿が、というべきか。
画面づくりの素晴らしさに関しては、説明不要であろう。このタイミングで震災(関東大震災)が描かれたことや、次から次へと続く妄想の連続も、好ましい。
僕としては、優秀な操縦技術を持ちながら戦闘を避け続けたため「臆病者」と呼ばれた零戦パイロットを描いた『永遠の0』と合わせて観ることをお勧めしたい。


●『ハンナ・アーレント』(マルガレーテ・フォン・トロッタ監督)

ユダヤ人にして、ドイツからアメリカに亡命した政治哲学者ハンナ・アーレントの伝記映画、と思って観てみたら、少し違った。ナチスの戦犯ルドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴したアーレントは、『ニューヨーカー』への寄稿で彼のことを反ユダヤ主義者などではなく単なる平凡な役人に過ぎない、と書いたが、それには「アイヒマンを擁護した!」との批判が各方面から寄せられた。本作ではそのいわゆるアイヒマン論争が主に描かれている。アーレントの著書『イェルサレムアイヒマン』(みすず書房)が原作であるようにも思える。
最後に、アーレントによる講義というかたちで、そうした批判に対する彼女からの反批判がなされるのだが、そこで彼女があらためて主張したのは、アイヒマンが批判されるべきことは、彼がまさに役人として自分の職務に忠実であった、いいかえれば自分の行為がもたらす結果をまったく考えなかったことであった。そして「考えないこと」が罪だというその批判は、アイヒマン反ユダヤ主義者と決めつけるアーレント批判者にもあてはまるのだろう。
「考えないこと」の罪、というか愚かしさは、3.11後、残念なほどに明らかになってしまったと思う。十分にデータなどの事実を精査することなく、批判に耳を傾けることもなく、根拠も薄弱な主張を、その影響もろくに考えないまま続ける人は、ネット上にうんざりするほどいる。彼らの姿はアイヒマンや、アーレントの主張を理解することなく攻撃した人々と酷似している。
ついでながら、アイヒマンを描いたドキュメンタリー映画スペシャリスト』が再公開されるという。僕は公開時に観ているはずだが、もう一度観たい。さらについでながら、ロバート・デュバルアイヒマンを演じた『審判』という映画があるらしいが、日本語圏ではDVD化されていないようだ。これを機にしてDVD化してほしい。


○総評
今年は最後の最後になって、傑作が多かったように思う。コーマック・マッカーシー原作作品に独特の恐怖感がじわじわとくる『悪の法則』(リドリー・スコット監督)、アイロニートリビア、美しさに満ちた『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ』(ジム・ジャームッシュ監督)、おそらくパニック映画の歴史に残る恐怖感を描ききった『ゼロ・グラビティ』(アルフォンソ・キュアロン監督)、そして美術もの、難病もの、恋愛ものかと思いきや予想外の大転回を見せた『鑑定士と顔のない依頼人』(ジュゼッペ・トルナトーレ監督)など、ベスト3に入れるべきかどうか迷った。
ちなみに今年のワーストは、『かぐや姫の物語』(高畑勲監督)。まあ、『風立ちぬ』と同じジブリ作品ということで、期待しすぎてしまったということもあるが……。
来年もよい作品にめぐり合いたいものです。みなさん、よいお年を。