そのほかから

長年、無償で卵子を提供してくれる女性を捜し続けてきたケヴィン・イーガンらは、それが失敗に終わったことを『セル・ステム・セル』で報告しています。共著者には、件の成果を発表したノグルや、「ダイレクト・リプログラミング」で知られるダグラス・メルトンが名前を連ねています。

多くの哺乳類における未受精卵母細胞は、体細胞を多能性のある状態に初期化しうる。それゆえヒトの卵母細胞は、患者由来多能性幹細胞をつくるのに有益である。それらは患者の遺伝子型を持つので、そうした幹細胞は、自家移植の実現に有益であるかもしれない。またそのような細胞は、iPS細胞で検出されるエピジェネティックな変化もしくは遺伝学的(ジェネティック)な変化が、初期化された細胞株に普遍的なのか、それともiPS細胞に固有なのかを確認するのに使うこともできうる。(略)しかしながら、核移植と幹細胞生物学をめぐる未解決の倫理的・政治的議論のおかげで、研究機関が、高品質の卵子の入手可能性に依存する研究を責任を持って進めるのに、どのようなことがベストなのかを見定めるのは難しい。(略)われわれは施設内倫理委員会の認可を得て、2006年5月から2007年3月まで、われわれの研究について集中的に宣伝し、外科的に卵子採取が続くホルモン誘発過剰排卵を、直接的な経費との引き替えのみで、進んで経験する愛他的な女性をリクルートしようと試みた。われわれの研究の注意を引くために、われわれは地域の新聞や雑誌、公共交通機関、インターネットに広告を打った。当初の反応立は高く、239人のドナー候補がわれわれの研究コーディネーターと契約した。彼女らのうち168人が研究についての適格性にかかわる質問すべてに答え、79人が研究基準をすべて満たした。基準には年齢(25〜35歳まで)、ノーマルな月経、そのほかの健康指標が含まれる。しかしながら、手続きに入ったのは、わずか1人の女性だけだった。ホルモン制御過剰排卵の 後、6個の卵子がその女性から外科的に採取され、失敗した核移植の試みに利用された。(略)要約すれば、われわれの経験では、「愛他的な」卵子ドナーをリクルートするのは非実際的であるということであり、卵子提供への支払いを制限する国や州にいる研究者は、同様の困難さに直面することを意味する。(略)重要なことに、初期の結果は、時間や努力についてドナーに支払いをすることは、研究のための卵子提供に進んで参加する女性を増やすだろうと示唆している。さらに、直接的な支払いは、核移植のための卵母細胞を得るためにうまく利用されており、それは初期化の有用性を導いた。(略)もしこうした〔支払いを認める〕より新しい指針がより広く学術機関や予算支出機関に受け入れられれば、幹細胞研究は著しく強化され、新しい体外受精処置が推進し、その一方で、ドナーの安全性は守られる、と提案する。(ケヴィン・イーガンら「無償による卵子ドナーのリクルートの非実際性」 、Cell Stem Cell, Volume 9, Issue 4, 293-294, 4 October 2011)

http://www.cell.com/cell-stem-cell/fulltext/S1934-5909%2811%2900383-3

 またこの報告を受けて、国際幹細胞研究学会も歓迎するとの声明「最近の体細胞核移植(SCNT)ブレークスルーについてのISSCRの声明:重要な一歩」を出しました。

国際幹細胞研究学会(ISSCR)は、幹細胞科学の進展における今日の発表と、体細胞核移植すなわちSCNTを通じた初期化を歓迎する。SCNTの研究は、初期化の理解と、因子にもとづく初期化でつくられる多能性幹細胞のパフォーマンスとSCNTでつくられるそれらとを比較するためにとても重要である。ヒトの卵細胞(卵母細胞)から初期化を導く因子を認識することは、因子にもとづく初期化の効率と精度を向上させ、幹細胞科学の医療上の重要な目的を強化し、治療や研究のために、安全かつ完全に分化した細胞をもたらすであろう。(略)ISSCRは2006年に公表されたガイダンスを繰り返し強調する。卵子を提供する女性の安全性と情報を得た上での選択、同意、どんな報酬も提供の誘引になってはならないことを確認するための、ローカルな幹細胞研究・倫理審査委員会による厳しい監視が重要であることを強調する。(以下略)

http://www.isscr.org/ISSCR_Statement_on_Recent_Somatic_Cell_Nuclear_Transfer_SCNT_Breakthrough.htm

「遺伝学と社会センター」のブログ『バイオポリティカルタイムズ』は以下のように厳しく批判を展開しました。

(略)彼ら(エグリら)は論文の『方法』のセクションに、彼らがリクルートした女性16人から得た卵子の平均数は16.9個であり、ある女性は26個の卵子をつくった、と書いている。この数は多く、不妊産業の指針を超えている。ここでの懸念は、女性が過剰に刺激されて卵子を多くつくればつくるほど、卵巣過剰刺激症候群(OHCC)のリスクが高まることであり、これはきわめて深刻である。(たとえば『ヒューマン・リプロダクション』で公表された論文で、その著者らは、卵子の数が20を超えるとOHCCのリスクは高くなる、と述べている。)また、国際幹細胞研究学会(ISSCR)の指針に準拠しているという同チームの主張についても疑念がある。ISSCRは「研究のための提供のインフォームド・コンセントを臨床治療から切り離すことを強調している。(完全に情報を得たうえでの同意は、長期的なフォーアップ調査がないと、問題なままである。)しかしながら著者の1人(マーク・ソーサー)は、機関内審査委員会と同意文書の起草にかかわり、提供者と同意し、卵子を採取している。(略)卵子に何千ドルも支払うことは、卵子採取のリスクを経験する女性の決定に影響する可能性が高い。卵子が研究目的の手段であろうと、不妊治療のそれであろうと。2つの状況の間には違いがある。卵子がほかの人の不妊治療のために求められている女性は、“望ましい”外見や業績を持っている傾向がある。一方、科学者が望む卵子をもたらすであろう女性にでは、そのような特徴を、科学者は気にしない。この研究チームは、経済的選択肢の少ない女性が不当に支払いに影響されるかもしれないという懸念に答えているようだ。彼らは、この研究に参加した女性には「経済的に恵まれていない」者はおらず、全員、「完全雇用された」大学卒であると記している。しかし、山のような学生の負債、とりわけ若年層における高失業率、低賃金の時代において、8000ドルは、私たちほとんどにとって現実的な金額である。またこの研究チームは、まず卵子について支払われた女性を選び、次に彼女らに、生殖もしくは研究、どちらのために卵子を使うかを選ばせたと述べている。このイノベーションや彼らの卵子収集のほかの側面について倫理学者ジャン・ヘルグ・ソーバックは、『ネイチャー』で、「ノグルらが卵母細胞問題に対応するために選んだ方法は、幹細胞研究分野における既存の指針をきちんと遵守してない」と書いている。にもかかわらず、彼はこのアプローチを認めている。そのほかの者は彼らが既存の指針を「きちんと」守ることに失敗していることを、まったく異なるかたちで解釈している。(略)このチームは「ヒト卵母細胞の信頼できるソース(源)」を要求し、それらによって、有用で、二倍体の、多能性のある幹細胞をつくることが「可能になるだろう」と示唆する。いうまでもなくこのことは、この分野の科学者たちが10年間主張してきたことだ。彼らはそれにそれほど近づいてはない。そして彼らはたくさんの女性の卵子がほしいのだ。(「新種のクローン研究のために女性の卵子を市場化させるキャンペーン」、『バイオポリティカルタイムズ』2010年10月7日)

http://www.geneticsandsociety.org/article.php?id=5882