私見

実験の概要は『ワシントンポスト』の模式図「幹細胞のブレークスルー」がわかりやすいでしょう(しかし右下の胚盤胞の下に、幹細胞を描いてもよいのでは。少ないとはいえできたのだから)。
また『ワシントンポスト』に掲載されたAP通信の記事で、著名な生命倫理学者アーサー・カプランは「この新しい研究によって人をつくるのにクローンを使うことがいかに難しいかがわかった。胚性幹細胞にともなう主な倫理的問題を回避する」とコメントしているのですが、卵子入手上の問題に言及していません。残念です。
また、僕はこの実験でできたのは胚盤胞までで幹細胞はできていないんじゃないか、と思ってしまいましたが、幹細胞作成までは行っているようです。270個の卵子を使ってわずか2株ですが。それでも成功は成功といえなくもありません。でもあまり現実的な数字ではありません。あと多能性の確認についてもは、キメラ作成などは行っていないと思われます。
僕が最も気になっていることは、幹細胞の世界にクローン(核移植)はカムバックするのか、ということです。それともこんなに卵子を入手できたのはやはり特殊な条件(ようするに卵子提供社に金銭を支払ったこと)があるからで、今後も例外的な方法論であり続けるのでしょうか。日本ではおそらく難しいでしょう。
また、ある実験が行われ、ある知見が出てきて、マスメディアがそれを報道すると、「ポイントを外している!」とか「本質ではないことを書いている!」とかおっしゃる科学者の方がいますよね。僕は科学者の関心と一般の人の関心がずれることはよくあることで、記者が後者に沿うように書けば、科学者にとって不満がある記事になるのは当然と思います。僕はむしろ、記事が一般の人の関心に沿って書かれていないことが問題だと思いますが。その点、英語圏の媒体は日本語圏よりマシなような気がします。といっても、記事が長いので、それだけ情報量が多く、必要な情報を取りやすいだけかもしれませんが。
ちなみに僕が2007年にヒトiPS細胞の樹立を初めて報告した『セル』の論文を読んだとき、最初に思ったのは「36歳の白人女性のほっぺたの細胞使っているんだ」ということでした(あと新生児の包皮とか)。こんなこと、科学者にとってはどうでもいいでしょう。でも一般市民のなかには、そういうことに興味を持つ人もいるのです。

現代思想2008年7月号 特集=万能細胞 人は再生できるか

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クローン人間 (光文社新書)

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