逗子物語(一青窈@音霊)
昨日のことだが----。
ヴィム・ヴェンダースの佳作『リスボン物語』----なぜかDVDの値段が激安----では、オープニングのシーンがすごくいい。ドイツの録音技師である主人公ヴィンター(=冬)のもとに、ポルトガルのリスボンに滞在中の映画監督の友人から、助けを求めるハガキが届く。彼はさっそく、クルマをリスボンへと走らせる。印象的なのは、変わりゆく風景とラジオの音声だ。ドイツ語からフランス語へ、フランス語からスペイン語へ、そしてスペイン語からポルトガル語へ。
このシーンほど感動的ではないが、僕がこの数日間で感じたのも、そんな環境の素早い変化だ。僕はクルマの街で、知人から仕事の相談のメールを受け取る。月曜日に打ち合わせだという。ちょうどいい。月曜日の夕方に予定(後述)を入れていたので、日曜日の午後には関東に戻るつもりだったのだ。
クルマの街から、僕の住む街へ。一泊してから、月曜の昼には汐留へ。打ち合わせの後、時間調整をしながら徒歩で新橋へ。周知の通り、汐留と新橋は徒歩で移動できる距離にあるのだが、その雰囲気はまるで違う。
そして逗子へ。神奈川県に来るたびに、東京や僕の住む街との違いを強く感じる。もちろん今回も。
移動はヴィンターのようにクルマではなく、鉄道である。そして僕が逗子で聴いたのは、マドレデウスではない。一青窈だ。
夏のあいだだけ浜辺に建てられるライブハウス「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」に来たのは、これで2度目。6月29日に元ちとせを聴きに来て以来だ。あのときと違うのは、海水浴の人々と、壁のグラフィティ……。
元ちとせの「音霊」でのライブは、バンド編成や選曲に驚いた。一青窈は現在、新譜「Key」のツアー中である。普通、新譜発売後のツアーで演奏されるのは、新譜からの選曲が中心で、残りはほとんどシングル曲である。実際、7月24日に神奈川県民ホールで聴いたライブは、そんな感じの選曲だった。サプライズは、前作「&」からの選曲「アンモナイト」ぐらいだったか(大好きな曲なので、それはそれでうれしかったが)。
しかし----、ここは「音霊」である。ツアーとは違うことをやるはずだ。僕はそんな期待を淡く抱いていた。
今回は抽選番号が後のほうだったため、元ちとせのときのような、いい席は取れないだろう、と思っていた。だが今回は椅子がなく、完全に全席スタンディングだったので、かえって近距離(元ちとせのときと同じくらい?)に場所を取ることができた。もちろん立ち見だが。
さて楽しみなのは、バンド編成と選曲である。ツアーでは6人編成だったが、「音霊」では無理だろう。定刻になると、男性4人がステージに現れた。パーカッションは予想通り、ASA-CHANGこと朝倉弘一(ドラムのパートは、彼がほとんどカホンで代用していた)。ギターとベースは僕の知らない人だったが、たぶん一青窈とよくプレイしている人なのだろう。問題はキーボードだった。予想ははずれ、武部聡志ではない。紺野紗衣でもない。誰だろう……。
一青窈が舞台に登場し、ライブはスタートした。1曲目は、なんと、前作「&」のオープニング曲(非シングル曲)「Banana millefeuille」だった! この曲をいま聴けるとは……。2曲目は、やはり「&」から前述の「アンモナイト」だった。むしろこの曲が演奏されることは、予想していた。なんせ場所が海辺のライブハウスなんだから。
♪こんな広く青い世界で
淋しさと愛を勘違えて ♪
----「アンモナイト」
3曲目は、初期のヒット曲「もらい泣き」。レゲエのリズムで演奏された。
「アンモナイト」の後だったか、「もらい泣き」の後だったか、キーボードの男性が紹介された。僕はわからなかったのだが……マシコタツロウだった! いうまでもなく、「ハナミズキ」をはじめ数々の名曲の作曲者であり、一青窈の音楽には欠かせない人物である。Coccoでいえば柴草玲、元ちとせでいえば故・上田現や間宮工が同じ位置づけになるだろう。その彼がキーボードで参加とは……。
一青窈は、そんなこともあって、今回はマシコ氏の曲を多めに歌う、と言った。僕は最初の3曲だけで充分に満足してしまったのだが、「心変わり」が演奏されたのは、やはりうれしかった。ファーストアルバム「月天心」に収録されている曲(非シングル曲)で、これまた、いま聴けるとは思わなかったのだ……。
そんなわけで、前半のインパクトが強すぎ、残りの印象は正直のところ薄い。マシコ氏が自分の持ち歌を、一青窈のコーラスで3曲歌った。そのほか、わりと珍しく、カヴァーが3曲演奏された。「私の彼は左利き」と、テレサ・テンの曲(曲名未詳)と、ファド(ポルトガル民謡)のスタンダードナンバー(曲名未詳。詞は日本語。ちあきなおみが歌ったことがあるものらしい)。もちろん、「ハナミズキ」も。アンコールのラストは、「さよならありがと」だったかな。
なお一青窈はよく知られている通り、環境問題に関心があるので、この日の収益の一部は、CO2排出抑制事業に回されるとのこと。エコロジーとポピュラー音楽との共演は、すっかり見慣れたものになった。
ライブが終わり、僕はドリンクチケット(ギターピック)でソフトドリンクを受け取り、それをそそくさと飲み干して、会場を出た。BGMには、ボブ・ディランやザ・バンドのプレイで知られる「アイ・シャル・ビー・リリースド」がかかっていたのだが、その歌声は、マシコ氏のもののように聴こえたのだが……。
そして僕は日常に戻る。今朝はいつもと同じ時刻に起床し、いっきに原稿を書く。昼過ぎにそれを送稿し、いちどプールに行ってから帰室すると、早くもカンプのPDFファイルが届いていた----。08.8.19
♪そして何もかも
私の横を通り過ぎ去ってった
ららBYE ♪
----「アンモナイト」
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